議会の承認
いつもの議会のメンバーに加え、騎士団の団長達も参加した議会は荒れ模様となった。
「危険すぎる!病気を持ち込む可能性もある」「しかし、疫病による被害は年々深刻になっているし…」「国内の治安が乱れる!」「そもそも本当に退治などできるのか?」
議長も収拾がつかないほど、意見が入り乱れた。
エドワードが組んでいた足を解き、机を右の人差し指でカッカッと叩くと、全員が彼を見た。
「バドラス島に行き、ベンズル蛇を殺す!私が兵を率いる」
その迫力に気圧され、しん、と静まり返った。しかし次第に気を取り直す。
「へ、陛下が直々に…?」
「あまりにも危険です!それにその間、政治はどうするのです?」
「そうです!他国が侵攻してくる可能性だってあります」
次々と降ってくる発言にも顔色一つ変えずに、答える。
「私の代わりはソフィーが務める」
「は? 何を仰って…」
「陛下の代わりが彼女に務まるはずが…」
「諸君らがいるではないか。私の手足としてこの国に尽力してきた有能な廷臣が。足りない分は諸君らが補えば良い。何の不安もないだろう」
エドワードが試すような視線を投げかけたのは、有力貴族の五名だ。
彼らはお互いの様子を伺うこともなく、ただ渋い顔をしている。諦めたように、ため息を吐いた者もいた。
確かに、初めて枢密院で見た彼女の毅然とした態度には、貫禄すら感じた。臨時の女帝の器としては十分だろう。
それに——。
「あなた様がそこまで言い切るのならば、我々がどれだけ進言しても無駄なのでしょうな」
「分かっているではないか」
にやりと笑ったエドワードに、五人は眉間の皺を深くする。これは「報告」なのだと理解した。
「理解が早くて助かる。さて、退治にはどれだけの日数が掛かるか不明だ。よってその間、ソフィーが代理で皇帝の任務を遂行する。戴冠式も行う予定だ」
その言葉を境に、ざわつきが戻ってくる。
通常、皇帝の配偶者に法的な権力はない。結婚したばかりの他国の女に力を与えて良いものか、と思案しだしたのである。
そこへ、不作法にもノックもせずにドアを開けてエドワードの横に坐す者がいた。皆、驚いて動きを止める。
アイザックだった。
黒髪を無造作に結んでいるのは変わらずだが、身なりは整えてきたようだ。しかし、微かに犬の臭いがついている。直前まで世話をしていたらしい。
この国、唯一の公爵家当主にして、皇位継承権第一位。それこそがアイザックだった。
「僕は賛成。反対者はいる?」
必要最低限の口数で、意見を求めた。
戸惑うように左右の人間の顔色を確認しだしたが、明確に反対意見を述べる者はいない。
「じゃあ、そういうことで」
アイザックは役目を果たしたと言わんばかりに、腕を組んで宙を見やる。
「ご苦労」とエドワードが満足気な顔をした。
議会終了の空気が漂う中、重臣の一人が言いにくそうに切り出す。
「陛下。陛下の強さは存じておりますが、魔物相手に絶対はないでしょう。誠に言いづらいのですが…」
「分かっている。私が死んだ場合の話だろう?」
そう問われ、気まずそうに質問者は視線を下に落とした。
ずん、と空気が重くなったが、エドワードは平然と続ける。
「心配するな。私が死んだ場合は、ここにいるアイザックが皇帝となる。ソフィーはあくまでも私の代わりだ」
「承知いたしました。…失礼な発言をお許しください」
「いや。前例のないことだ。明確化しておくに越したことはない。諸君らの負担も増えるだろうが、ソフィーとともに帝国の未来を守ってくれよ」
議員達が一斉に発した「はい‼」という返事は、びりっと空気が揺れる程に大きかった。




