ピクニック
珍しく雨の降る気配がない日、エドワードはソフィーとエマをピクニックへと誘った。森の入り口の木陰で、青く茂った草の上にシートを広げ、座り込む。
二匹の犬も一緒だ。腹を地面につけて寝ている。
風が草花を揺らすと、部屋の中では感じられない自然の香りが漂ってくる。
「気持ちいい」
「そうだね。ちょうどブルーベルが見頃だ」
「ええ。何だか不思議の国に迷い込んだよう」
森では木々の間を縫って、地面に敷き詰めたように青い花が咲いている。少し怖いくらい神秘的な光景だ。迷い込んだら出られなくなりそうな気さえしてくる。
だから、この嫌な予感は気のせい。きっとブルーベルのせいよ。ソフィーは自分に言い聞かせた。
「さあ、ピクニックを始めよう」
エドワードがポッドに入った紅茶をいつものティーカップへと注ぐと、エマはバスケットからスコーンを取り出した。ソフィーのお皿にはジャムとクロテッドクリームをたっぷり載せる。
犬達には水と鹿肉が用意されている。差し出す前から座り込んで待っていて微笑ましかった。
主人がピクニックをする間、使用人達は束の間の休憩に入る。ここには三人と二匹だけだ。
「外で飲む紅茶は格別ね。テディが淹れてくれたからかしら」
「ソフィーの為ならいつでも淹れるよ」
言わずともソフィーの分にはミルクと砂糖が入っている。紅茶を好きになったのは、エドワードのおかげだ。
「美味しい。ずっとこうしていたいわ」
紅茶がなくなりかけた頃、ソフィーは縋る様にエドワードの左手に自分の右手を重ねた。
エドワードは少しの沈黙の後、ソフィーに向き直る。
「ソフィー、言わないといけないことがある」
「…聞きたくないわ」
「そんな顔をしないで。ソフィーのその顔を見ると決心が鈍ってしまうよ」
困ったように優しく笑んだ。
「魔物を倒しにバドラス島へ行く」
その言葉はまるで鉛のように胸にのしかかった。手が震えてしまう。
「……テディが行かなくてはならないの?」
こんなことを言っては駄目。分かっているのに。
「どうして? だってルキリアでは国王は宮廷で指示を出すだけだったわ!」
「ソフィー…」
泣き出したソフィーを抱きしめる。ぎゅうっと服を握りしめてくる彼女が愛おしい。
「ソフィー。聞いて」
「いつでも紅茶を、淹れてくれると言ったじゃない…」
「うん。ごめん。ごめんね」
何も悪くないのに、謝るエドワードに余計に涙が溢れてきた。
本当は気づいていた。慌ただしい城内の様子や、巷の噂話が嫌でも目や耳に飛び込んでくる。それに犬を連れてくる時は、聞かれたくない大事な話がある時だ。
覚悟は決めていたはずなのに…。どうしても涙が止まらない。
エドワードは優しくソフィーの背を撫でる。
その様子を見ていた二匹の犬がソフィーに寄って来て、くぅん、と鳴いた。
「…慰めてくれているの?」
ソフィーが屈むと、二匹はソフィーの涙を拭うように頬を舐めた。ソフィーは彼らを抱きしめる。
「そうね。泣いている場合ではないわよね」
クイッと目に溜まった涙を両手で擦った。
決定事項だ。どれだけ泣いても覆ることはない。
しっかりしろ。
フゥと大きく息を吐いて、エドワードに向き合う。彼は心配そうにこちらを見ていた。そんな顔を、させてはいけない。
「取り乱して申し訳ありません、陛下」
「ソフィー」
「もう大丈夫です。陛下がいない間、私がこの国をお守り致します」
しっかりとエドワードを見据えた。
エドワードはソフィーの左手薬指にある指輪にキスをした。
「必ず戻ってくる。約束する」
「はい。必ず、無事に」
抱き合う二人の脇で、さわっさわっとブルーベルが揺れた。




