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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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ソフィーの決意

 父を除く全員がファミリールームに集められた。あの時に居合わせた侍女とメイドもいる。

 

 エマは事前に母に説明していたようだが、再度皆の前で事情を話した。ソフィーへの疑惑については、実際の状況、立ち位置、距離、体格などから突き落とすなど不可能であると声を強めた。


 侍女達はどこか腑に落ちない表情をしているものの、何も言わなかった。エマのおかげでソフィーへの疑いは一応ではあったが晴れたようだ。

 エマがいなければどうなっていたかと思うとゾッとする。


「エレーヌに怪我がなくて安心したわ。怖かったでしょう?」


 メラニーがエレーヌを抱きしめた途端、エレーヌはポロポロと泣き出した。


「あぁ、泣かないでエレーヌ。もう大丈夫よ。ソフィー、あなたは姉なのだからエレーヌをきちんと見てあげないと駄目じゃない!」

「…ごめんなさい」


 本当にそうだ。あの時、手をつないで上っていれば事故を防げたかもしれない。


「仕方ないよ。僕は男だから手を貸すけれど、お姉様はエスコートされる側なのだから」


 ジェレミーが助け舟を出す。


「エレーヌ、あなたもちゃんと足元を見なくては駄目よ。危ないわ」


 母はしゃがみこんでエレーヌと同じ目の高さで優しく(さと)した。エレーヌの目には涙がいっぱい溜まっている。


「お姉様の手が急に伸びてきた気がして、私…怖くて。先生が私のことばかり褒めるからって言われて…」


 エレーヌの目から大粒の涙が落ちると、皆が一斉にこちらを向いた。


「えっ…私は手なんて伸ばしていないわ!それにそんなこと言っていない!」


 エレーヌはメラニーの服の袖を掴み、ぎゅうっと握りしめた。まるで助けてと言っているかのようだ。


「それで驚いてしまったのね。ソフィーあなた、自分の出来が悪いからってエレーヌに八つ当たりするなんて」

「お母様!私はそんなこと言っていないわ!」

「あなたは少し振る舞いが粗野な時があるわ。腕を大きく振って階段を上っていたのではない? そのつもりがなくても相手がそう感じてしまうこともあるのよ」


 そう言われると何も返せない。メラニーは無言になったソフィーと目を合わせた。


「次からこんなことがないように淑女教育をしっかり受けるのよ。いいわね?」

「…はい。お母様」

「エレーヌ、どこか痛むところはない? 何もなくて本当に良かったわ。もう今日は早めにベッドに入ってゆっくり休みましょう。絵本を読んであげるわ。ホットミルクを用意してちょうだい」


 メラニーはエレーヌの肩を大事そうに抱いて、ソフィーには目もくれず二人で部屋を出て行ってしまった。


 自室に戻ると一気に肩の力が抜ける。


「ソフィー様の行動は粗野ですが、驚いて階段を落ちる程ではありません」

「そうよね。やられたわ」


 いくらお人よしでも、あれが故意であることは彼女の言動から理解できた。椅子の背もたれにぐっと体を預け、天を仰ぐ。正直、あんなに捨て身で来るとは思わなかった。


「でもエマのおかげで最悪の状況は回避できたわ。どうもありがとう」

「いえ」


 エマはホットミルクを音も立てずにテーブルに置いた。

 礼を言ってコップを両手で持つと、温もりが伝わってくる。一口飲むと胸にも温かさが広がった。少し蜂蜜が入っている。甘くて優しい味。


「美味しい」


 いつもの笑顔に戻ったソフィーに安堵する。


「エマ」


 手に持っていたコップをゆっくりと置いて、しっかりとエマの目を見た。その視線を受け止め、何も言わずにソフィーの次の言葉を待った。


「私、今から本気で勉強するわ。学問もマナーもダンスも、絵画に音楽に乗馬も。もし夢の中のエレーヌが私の前に現れても、勝てるくらいに。まぁ今のままでは分が悪いけれど…」


 今日の授業を思い返すと敵は手ごわい。でもやるしかない。


「お母様が信じてくれなかったのは辛いけれど、そう思わせる要因が私にもあるのは確か。今までのように甘えていられないわ」


 先程までの弱気さがなくなった。エマはほっと胸を撫で下ろす。


「では、私は今まで以上に全力でサポート致します」


「頼もしいわね。まぁフィフィでもダメだったから意味はないかもしれないけど。やらないよりいいわ」


 一人ぼっちで睡眠を削ってまで勉強していた彼女を思い出す。その努力は誰にも認められていない。けれどソフィーには伝わっていた。



「あれが私の運命だというのなら、変えてみせる!」


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