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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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聖女伝説

 クリフが見つけた聖女伝説の話は瞬く間に国中に広まった。魔物の出現頻度が増している今、国民の希望としてエレーヌの存在がまた光を増す。



 視察を終え馬車で城に帰る途中、アーロンが書類からエドワードに視線を向け直した。


「街でも聖女伝説の話題でもちきりでしたね。皇帝を庇って聖女がベンズル蛇に丸呑みされたたもの、聖女の力で蛇の腹が裂け、中から聖女が無事に姿を現し、二人は結ばれたと。ベンズル蛇は聖女の力でしか倒せないのだとか」

「ベンズル蛇か——」


 その長さは二十メートルとも三十メートルとも言われる大蛇で、毎年、単為生殖で仔を産んでいることが分かっている。ベンズル蛇の仔には毒があり、小型の魔物達はこれを餌とすることで毒性を身につけている。そして、その小型の魔物を餌とする大型の魔物も二次的に毒性がつく。


 また厄介なのは毒だけではなく、まだら模様の茶色い体からは粘液が出ており、それが森や沼の汚染に繋がっている。


 そもそもは狼が暮らしていた平和な島だった。それが、ベンズル蛇が現れて以降、いつしか魔物達が集まり始め、狼は絶滅してしまった。



 ベンズル蛇こそ全ての元凶なのだ。



「良い機会か——」



 魔物島を放置できない理由がある。


 最近の研究で数年に一度発生する大きな疫病の原因が、魔物島とこちらを行き来する蝙蝠のせいではないかとの疑いが強まった。


 魔物をどうにかしないと病気の研究が思うようにできない。


 元々は島に存在しなかった正体不明の生き物を総称して魔物と呼ぶようになったのはいつだったか。放置し過ぎたツケがきている。


 エドワードは既に脳内で見積もりを始めていた。




 魔物島——。

 正式名称をバドラス島という。ワグリン諸島の中にあり、面積は島々の中で最大の三二八三㎢。


 ベンズル蛇は島のちょうど中心辺りにある沼を住処としている。


 まず島に辿り着くには船で五日はかかる。そこから魔物を退けつつ、沼にいるベンズル蛇を倒すとなれば、少なく見積もっても三カ月。長ければ半年、もっとか。


 近くの島には研究棟がある。物資等はそこに運べばいい。


 気がかりはソフィーのこと。彼女は何と言うだろうか。



 アーロンは、平然とした様子のエドワードに心が痛んだ。


 ソフィー様が現れてからは、ご自身を大切にするようになってきていたのに。


 蝙蝠が疫病を運ぶのならば、その温床であるバドラス島に行くには感染リスクを伴う。それに魔物を倒すこと自体が簡単でないことは、騎士を束ねるエドワードが一番知っているはずだ。




 しかし、アーロンの心配など、エドワードには露程も届かなかった。


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