新たな企み
クリフは興奮した様子で、エレーヌに駆け寄った。
窓から見える鉛色の空からは大きな雨粒が落ちている。
「あ、あの、エレーヌ様!実は教会の隠し棚を見つけたんです!一緒に行ってくれませんか?」
「隠し棚?」
興味を持ったエレーヌを連れ、クリフが仕切る教会へと馬車を走らせた。およそ三十分で着く距離だ。古ぼけた教会だが外には薬草や花が飾ってあり、清掃もされている。
地下にある書庫は、ひやりとして、インクの臭いがした。通路は人が一人通れるだけで、本棚で埋め尽くされた部屋だ。
書庫の中を通り抜け、右手にある本の修復室へ入る。木の壁で四方を覆われた牢獄のような作業部屋だ。
「こ、ここです」
壁にピタリと付けられた机と椅子をどかし、何もない壁の中央付近を力任せに押すと、ヒュイッと音を立てて隣の部屋が現れた。暗さと木目でうまく誤魔化しているが押戸になっていたらしい。体を横にしてやっと通れる大きさだ。入ってみると五メートル四方の壁にびっしりと本が整理されている。
「これって…!」
「はい。い、今では禁書の扱いになった書物を保管していたようです。グリモワールが多いですが…。その中で見つけたのが、こ、この書物です」
グリモワールとは魔術書の総称で、悪魔や妖精の力を借りて願いを叶える方法が書かれている。
クリフが差し出した本は相当古く、傷みが激しい。オスベル語でもルキリア語でもない、その文字をエレーヌは読むことができなかった。
「何て書いてあるの?」
「聖女伝説。ま、魔物の中でも一番恐ろしいベンズル蛇を聖女の力によって退治したと載っています」
「蛇? 蛇なんて見たくもないわ。気持ち悪い」
「ですよね。で、でもこの話、つ、使えると思いませんか?」
「使えるって?」
「そ、その、こうなった以上、もはやエドワード陛下を正攻法で手に入れるのは難しいです。ベンズル蛇は魔物島に住んでいます。だ、だから退治に行くとなればエドワード陛下を長期間ソフィー様から引き離せる」
「…なるほど。その間にモノにすればいいってことね!」
「はい。薬で眠らせ、夜二人きりの状況を作れば…」
「うふふふ。あはははは。あなたって、本当に頭が回るのね。ねえ、でもその際には、あなたも協力してくれるのよね?」
エレーヌはクリフの首に両手を回し、体を密着させた。
「ぼ、僕なんかで良ければ…」
蝋燭の灯りでエレーヌの笑みが怪しく揺れた。




