初公務
昼食会を終えると、二人で馬車に乗ってパレードを行う。
皇后として初めて国民に顔を見せることになる。緊張でほとんど食べられなかった。
「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。ありのままのソフィーでいいんだから」
「…そうですね!頑張ります」
「ソフィー。私達はもう夫婦なんだから、敬語はいらないよ」
「そ、そうね…」
途端に話し方が分からなくなるから、不思議だ。エドワードは不自然なソフィーに、肩を揺らした。
「笑わないでください」
「ほら、また」
「あっ」
慣れとは恐ろしい。でもおかげで肩の力が抜けた。
通りは人で埋め尽くされている。両手に持った国旗を振りながら「おめでとうございます!」と声をかけてくれる。その顔を見ていると自然と笑顔になれた。
二人で窓の外に向かって手を振る。
「雨の中、こんなに集まってくれるなんて」
「ソフィーの姿を見るのを楽しみに待っていたんだよ。見えるかい、皆の表情が」
「はい。皆、嬉しそうで、胸がいっぱいです」
今日から、彼らの為に生きていくのだ。一人一人の顔をできるだけ覚えたい。感謝と決意をもって手を振り続けた。
市街を一周した馬車は、一時間かかって城へと到着した。バルコニーで挨拶し、晩餐会へと向かう。
参列してくれた各国の王や王妃との挨拶が、皇后として初の対外的な公務となった。
緊張しながらも、何とか様にはなっていたようだ。必死で参列者を覚えた甲斐があった。
胸を撫で下ろしたソフィーの耳に、令嬢達のざわついた声が届く。
ざわつきの正体は、一人の美青年だった。長い栗毛を後ろで三つ編みにしている。びしっと着込んだ黒いスーツが、彼の背の高さを引き立てていた。
「いったいどなた?」
「あんな素敵な方、いらっしゃったかしら?」
正体に気づいたリアムが声を上げる。
「お前、チャーリーか!」
「そうだよ!変なこと言わないでよ」
へらっとした笑い方と、丸まった背中だけが、いつものチャーリーだった。リアムが目を丸くする。
「何があったんだ? エドワードの戴冠式でも、ぼさぼさの頭と白衣で来たのに…」
「ソフィーちゃんに言われたから」
「は? 戴冠式の時、俺達だって何度も言っただろ! でも聞かなかったじゃないか!」
「うん。でも今回はソフィーちゃんに言われたから」
「なんだよ、それ…」
リアムはソフィーを振り返った。エドワードと腕を組んで、見つめ合いながら何やら話している。会場中から視線が注がれても、堂々としたものだ。
おいおい…。国一の天才変人科学者を、もう手懐けたって言うのか⁉
エドワードといい、チャーリーといい、どうなってるんだ⁉
不意にエマの顔が浮かんでくる。お前には見る目がないと仄めかした、馬鹿にしたようなあの顔だ。リアムは頭を抱えた。
エドワードもいつもと違うチャーリーに気づき、微かに目を見開く。
「チャーリーの正装は、ソフィーの助言?」
「ええ。元が良いから映えますわね」
「驚いたな。一体どうやったの?」
「ふふふ。チャーリー様は無邪気なところがおありですから、こう言ったのです。『エドワード陛下を驚かせたくはない?』と。そうしたら、嬉々として身なりを整えてくださいました」
「なるほど。そんな手が」
エドワードは感心して、再度チャーリーに目をやった。気づいたチャーリーがブンッブンッと長い手を横に振りながら近づいてくる。
「チャーリー様は本当に陛下のことがお好きなのですね」
エドワードの肩を抱くチャーリーを見て、クスッとソフィーが笑った。
「うん!でもソフィーちゃんのことも同じくらい好きだよ!エドワードのことが嫌いになったらいつでも言ってね。僕が幸せにしてあげるから」
空気の読めなさはいつものチャーリーで、凍り付くエドワードの隣でソフィーは苦笑いになった。




