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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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結婚式

 ソフィーは純白のウェディングドレス姿で、鏡の前に座っている。


 伝統に倣った長袖のドレスだ。首元のレース部分には白い薔薇の花。その周りにパールを縫い付けてある。この国の無名の女性デザイナーが作ったもので、数あるドレスの中から、ソフィーが一番気に入ったのが、このドレスだった。


 ティアラはエドワードが用意してくれた。千のダイヤモンドが付いている。


「とてもお綺麗ですよ、ソフィー様」

「ありがとう、エマ」


 紅をひき終え、鏡の自分と向かい合う。


「何だか信じられないわ。私が結婚だなんて」

「私もです。カトリーヌ様にやっと良い報告ができて安心しています」

「おばぁ様が生きていたら、きっと喜んでくれたでしょうね。見せたかったわ」


 挙式前にはすでに教会で三度の婚姻予告を公示している。街中では国民が二人の登場を心待ちにしていた。


 厳しい冬を乗り越え、ようやく新緑が芽吹き始めた頃だが、快晴とはいかず小雨が降っている。


「ドレスを踏んで転ばないように気を付けてください」

「…ええ。気を付ける。でもとっても歩きにくいわ」


 ドレスのトレーンは四メートルを超している。新婦の後ろから、その長いドレスの裾を持って歩く役目は、エマに頼んだ。本来なら伯爵家以上のメイドが担当するところだが、エドワードも快く承知してくれた。


 帝国の黒い馬車に乗り込み、教会へと向かう。父フィリップも一緒だ。


「まさかお前のこんな姿を見られるとは」

「うふふ。とっても素敵でしょう?」

「ああ。世界一の花嫁だ」 

「ありがとう」


 厳かな教会では、五千人の招待客が左右に分かれて、その時を待っていた。その中にはメラニーとジェレミーもいる。


 扉が開き二人が入場すると拍手に包まれた。


 オルガンの音に乗せて神歌隊の歌唱が響く。


 フィリップと腕を組んで、参列者の目の前を真っすぐ進んだ。左手には白薔薇のブーケを持っている。


 ソフィーのドレスの裾を持つエマの後ろでは、ブライズメイドの四人が並んで歩いている。悪魔が花嫁を攫うという言い伝えがあり、花嫁の振りをして悪魔を混乱させるのが彼女達の役目だ。


 エマも含め全員お揃いの薄グレーのロングドレスを着こみ、頭には花輪を付け、小さなブーケを持つ。その中には、ポピーの姿もあった。


 華やいだ花嫁率いる一行は、参列者達をうっとりとさせた。



 緑豊かに飾られた祭壇の前に、白い衣装に黒いストールを身に着けた主司が立った。いつも行事を執り行ってくれる、オスベル帝国の教会の主司だ。


 その横で、紺色の軍服を着こんだエドワードが、ソフィーを出迎えた。赤い大綬章(だいじゅしょう)が右肩から掛かっている。


 今日初めて見るエドワードの姿だ。


 いつもは遊ばせている髪を撫でつけ、正装姿でスッと立つエドワードの格好良さに、息が止まりそうになった。心臓の音が早くなる。


 ソフィーの手が、フィリップからエドワードへと渡った。父とはまた違う大きな手。


「幸せになれよ、ソフィー」

「お父様…ありがとう」

「絶対に幸せにします」


 力強い台詞に、フィリップはフッと笑った。


 ソフィーとエドワードは、祭壇に一歩近づき、一礼する。


 再びオルガンの音色が流れ、招待客がそれに合わせて神歌を歌い始めた。会場が一つになっていく。


 背中から聞こえてくる歌声に、神が祝福してくれているような気になった。


 神歌を二曲歌い終えた後、主司の落ち着いた声がエドワードに問う。


「永遠の愛を誓いますか?」

「はい。誓います」


 いつもの艶のある低い声で、エドワードがはっきりと答えた。


 同様にソフィーも問われる。


「永遠の愛を誓いますか?」

「はい。誓います」


 エドワードと一瞬目を合わせた後、堂々と答えた。


 誓いを終え、エドワードと向き合う。ラピスラズリの瞳に吸い込まれそうになる。エドワードがフッと表情を柔らかくした。ソフィーもつられる。


 私、この人と夫婦になるのね。


 感極まって泣きそうになった。


 そこへ主司が、リングピローの上に載った二人分の指輪を用意して持ってくる。


 エドワードが指輪を手に取ったのを確認して左手を差し出した。緊張で震えそうだ。


 エドワードが左手でその手を支える。触れ合った手は熱かった。


 金色の指輪が左手の薬指に嵌められていくのを、ソフィーはじっと見つめた。


 エドワードの左手の薬指には、ソフィーがお揃いの指輪を通す。


 無事に付け終えると、二人で目を合わせて微笑んだ。ソフィーの瞳には涙が滲んでいる。


 エドワードがソフィーに近づき、頬に手を伸ばした。


「一緒に幸せになろう。愛している、ソフィー」

「私も愛しています。エドワード」


 ソフィーが名前を呼ぶと、満面の笑みを見せてくれた。


 そっと目を閉じる。


 誓いのキスは、長くも短くも感じた。



 主司の祈りの言葉と説教が終わり、皆が見守る中で書類に二人でサインをする。さらりと書き上げたエドワードと違い、ソフィーはペンを持つ手が震えそうになったが、何とか書き終えた。



 これで二人は正真正銘の夫婦となった。

 これよりソフィーは、この国の皇后となる。



 身が引き締まったところに、軽快なオーケストラの音が流れてきた。


 城の料理長が、二メートルはあろうかというウエディングケーキを運んでくる。三段重ねの迫力あるケーキをエドワードと二人で見上げた。


「おめでとうございます!」

「ありがとう!想像以上に素晴らしいわ!」

「エドワード陛下と、ソフィー皇后陛下の為に、菓子職人とともに腕によりをかけました」

「とっても気に入ったわ!これ以上ないケーキね!」


 エドワードと二人でケーキ入刀を行うと、拍手が起こった。この時に食べたケーキの味は忘れられない。



 来た時は別々に歩んだバージンロードを、帰る時は二人一緒に歩いて行く。ソフィーの歩幅に合わせて、ゆっくりと進んでくれる。


「やっと本当に夫婦になれたね」

「はい。とっても幸せです」


 ブライズメイドのエスコートは、エドワードのスタッグ・パーティーに参加した五人が務めた。エマの隣をリアムが歩く。


 豪華なエスコートのメンバーに、会場の令嬢達から悲鳴が上がった。


 ソフィーは招待客を観察する余裕も戻ってきた。


 お母様、泣いてくれているのね。ジェレミーもアンリ王太子殿下も元気そう。マリー様、頭の上にお花畑があって蝶が飛んでいるなんて、目が惹きつけられるわ。


 こんなにも大勢の人達に祝福されて、私達は幸せね。



 花びらが舞う中、教会を後にした。




 ゴォーン、ゴォーンと教会の鐘が鳴り、二人の結婚式が滞りなく進んだことを国民に知らせる。その瞬間に、「ワァァ」と教会の外で待っていた人々から歓声が上がった。


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