生きる道
オスベルを出国する三日前、アンリはソフィーと話す機会を得た。当然、エドワードも同席している。
滞在日数は予定より大分伸びてしまった。
向かい合って座る彼女は、以前より凛として見える。
アンリの視線を受け、ソフィーがわざとらしく少し怒ってみせた。
「殿下、正直に申し上げると、過去での振る舞いには大変立腹しておりました。同時に深く傷ついていたのも事実です」
「…………」
目線を落としたアンリに、一転して明るい声を出す。
「ですが、今の殿下のことは尊敬しております。あなたはルキリア国が誇る自慢の王太子殿下です。どうぞ、今のご自分の生を全うしてください。過去に生きるのは、もう終わりにしましょう」
ソフィーは慈愛に満ちた顔で微笑んだ
何とも言えない気持ちになり、「ありがとう」と返すのがやっとだった。きっと情けない顔をしていたに違いない。
皇后まで上り詰めたソフィーの言葉は潔く、晴れやかで、どこまでも彼女が大きく映った。
横ではエドワードが面白くなさそうな顔をしている。
今の自分の生を全うする、か。
帰りの馬車の中、足を組んで窓の外を見る。
ルキリアに着いた途端、綺麗な青空が広がった。太陽が高い。
この景色を見ていると、オスベルにいたのが夢であったように感じる。
これからはルキリア国の王太子としての責務を果たす。それが本来の僕の生きる道だ。
まずは再度、国を統一することからだな。
アンリの投獄中、ルキリアでは、ジャンヌの父親であるフォーレ公爵が暗殺されるという事件があった。馬車で橋を渡っている最中に襲われ、犯人はそのまま逃走。いまだに捕まっていない。
国のトップスリーの一人が亡くなったことで、国内は揺らいでいるという。
翌日、事態を落ち着かせる為、アンリは有力貴族の家へと出向いた。これを機に勝手に動かれては困る。彼らにも方向性を同じくしてもらう必要があった。
現状を把握する限り、危惧したほどの混乱はなさそうで、安堵する。
国事にこれほど集中できたのは、いつぶりだろうか。
その日、アンリはやっと朝まで眠りにつくことができた。




