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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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皇后の座をかけた最終審議

 ——二回目の審議の時。いよいよこれで后の座が決まる。




 前回と同じ会議所は、開始二十分前にはすでに議員で埋め尽くされていた。


 前回のざわついた雰囲気とは違い、真剣な面持ちで、言葉少なにその時を待っている。

 緊迫感は以前の比ではなかった。


 ソフィーとエレーヌが姿を現すと、一瞬ざわっとしたが、すぐに落ち着く。


 ソフィーは手に方解石を持ち、エレーヌは首に金のネックレスを着けている。


 両者とも前回と同じ席に座った。エレーヌの背後には前回同様にジェイコブとクリフが控えている。



 程なくしてエドワードが登場し、ついに最終審議が始まった。


「皆の者、ご苦労だった。今日まで国の為、真剣に悩んでくれたことだろう。いよいよ、皇后が決まる。心せよ」


 息をするのを忘れる程、張りつめた空気が流れた。


 ソフィーも緊張で手が震えそうになるのを耐える。心臓の音がうるさい。


 あれから特別なことは何もできなかった。社交、領地や孤児院への訪問、チャリティーの後援くらいだろうか。前回の結果を覆すほどの成果ではない。


 でも、今の自分がやれるだけのことはやったわ。ソフィーは納得してこの時を迎えている。


 オスベルに来ることができて、エドワード様に会えて、少しでもこの国に尽くせたのだから、私は幸せだ!


 顔を上げよう!


 エドワードと目が合った。


 ふわり、といつもの優しい瞳を見せてくれた。ソフィーも同じように返す。



 エレーヌは余裕の表情で、金のネックレスを見せつけるように両手で髪を後ろに流した。色っぽいその仕草に議員達の目も自然と彼女に向く。


 ジェイコブも確信を持って、この時に臨んでいた。


 金のネックレスを手にした時点で、我々の勝利は決まっている。エドワード陛下が諸侯に接触した様子もなかった。つまり戦況は前回から変わっていない!


 間違いなく勝てる!


「それでは投票を行う!聖女エレーヌを后に望む者は挙手を!」


 エレーヌは皇后に選ばれる自分を想像して、にやけるのを堪えるために下を向いた。


 いよいよだわ!選ばれるのは私!やっとエドワード様と結婚できるのね。いつも私を引き立ててくれてありがとう!ソフィー様。


 満面の笑みを作って、顔を上げた。


「皆、ありがとう! …………⁉」



 しかし、エレーヌの目に映ったのは、まばらな挙手だった。


 意気揚々と賛成の意を表した者も、少数派であると気づき、伸ばした手を縮め始めた。


「え…、どうして…? 皆様、お間違えでなはいかしら? 今はソフィー様ではなく、私の番よ? ねえ、この金のネックレスが見えないの!」


 早口で挙手を促すも、誰も反応しない。


 一体、どういう事?


 ジェイコブも同じく理解できないでいた。


 なぜだ? あれから状況を変えるような出来事は起きていない。陛下は仕事場でほぼ拘束状態だったし、ソフィー嬢の茶会でも賄賂は配っていなかったと報告を受けている。


 何だ? 何があったんだ!



「それでは、続いてソフィー・グレイヴィルを后に望む者、挙手を!」



 会場の至る所から、一斉に手が挙がった。



 ソフィーは、首を上下左右に忙しなく振って、会場中を見渡した。

 大多数の議員の手が挙がっている。七割、いや八割だろうか。


 何が起こったのか、ソフィーも分からず呆然と議員達を見つめる。


「ソフィー。前へ」


 エドワードが前に出るよう手で示した。

 言われるがまま、立ち上がってエドワードの隣に並んだ。


「諸君!これをもって我が妻が決まった!我が国の皇后に選ばれたのは、ソフィー、あなただ!」


 エドワードが宣言すると、拍手の嵐が巻きおこった。


 鳴りやまぬ拍手に包まれ、ソフィーは信じられない思いだった。


 一体、どうして…?


「君ならそちらを選んでくれると思っていたよ」

「え?」


 エドワードの視線がソフィーの手に向けられた。その手の中には、花の形をした方解石。


「それはね、この国の象徴なんだ。だから、そちらを選んだ君こそが、この国の后になるべき人なんだよ」

「…象徴?」


 首を傾げるソフィーに、エドワードが補足する。


「ああ。狼の牙のようだろう?」


 ソフィーはオスベルの国旗に描かれた牙むき出しの狼を思い浮かべる。花びらの部分が牙ということだろうが。


「そう言われれば…」


 そう見えなくもない、とソフィーはまだ判然としないでいる。


 同じく納得がいかないエレーヌが、まくし立てた。


「そ、そんなの屁理屈よ!牙のように見えるだなんて…!」


 しかし、誰も取り合わなかった。




 それでもまだ引き下がろうとしないエレーヌに、アーロンはため息をつく。


 あーあ。何も分かっていないね…。


 アーロンはソフィーの手にある方解石を一瞥した。



 方解石が花のように見える、この形を——「犬牙状」という。



 今、各国のエリート達の間で「鉱物」が人気となっており、サロンでもその話で持ち切りだ。

 だから二つが提示された時に、優秀な議員達はすぐに理解できた。



 それが「犬牙状」と呼ばれることも、狼の要である「牙」を差し出す意味も、である。



 理解できなかったのは、無知な者、愚かな者、妄信的な者だけだった。



「待ってよ!私は金を貰ったのよ⁉ その私が負けるなんて、おかしいじゃない!」


 アーロンは、エレーヌの首にあるネックレスを見て、口の端を上げた。


 ここまでくれば、鉱物に詳しい人なら予想はついているかもしれない。あれが「金」ではないということに。


 はい、ご明察。


 彼女が選んだのは「金」ではなく、「黄鉄鉱」。


 別名を——「愚者の黄金」という。


 その輝きと、ずっしりとした重みから、幾度となく金と間違われてきたが、その価値は金とは程遠い、平凡な鉱物だ。


 ジェイコブとクリフが何やら話し合っているのが、目に入った。


 どうやら、二人も気づいたようだね。でも指摘はできないよね? 

 そんなことをしたら、聖女に価値がないと自分達で言うようなもの。周囲には「金」だと思わせておいた方が得策だ。


 そこへエレーヌの大声が響いた。


「これが金じゃないですって⁉」


 アーロンはギョッとしてエレーヌの方に振り返る。


 言っちゃうんだ…。後ろの二人は慌てているけど…。


「エドワード様! どういうことなの⁉」

「どうとは?」

「金じゃないなんて!」

「はて? 私は金だなんて一言でも口にしたかな?」

「は⁉ 聖女に偽物を贈ったの⁉ ひどい!」


 エレーヌは手で顔を覆って泣き出した。ヒックヒックと言う音が静かな会場に響いた。


 エドワードは悪びれもせず、答える。


「偽物とは? お選びになったのは、あなたですよ、聖女様? それに慎み深い生活を送る聖女様なら、手入れされた薔薇よりも、名もない草花の方を好まれるでしょう」

「それは…!」

「神のお告げ通りでしたか?」


 エドワードが大声で言うと、エレーヌはカァッと頬を染めたが、すぐ観衆の方へと向き直る。


「…皆様! 本当にソフィー様で良いの? 私の功績をお忘れ? どう考えても私の方が相応しいでしょう!」


 エレーヌが喚いても、議員達は目を逸らすばかりだった。苛立ったエレーヌはさらに畳みかける。


「私が后なら免罪符の売り上げが国に入ってくるのよ⁉ ソフィー様は何も提示できていないではないの!」


 バンッと机を叩いても誰も反応しない。




 実はその免罪符こそがソフィーへ票を投じさせた理由の一つだと、エレーヌは気づいていなかった。


 免罪符によって潤ったのはファビアーノ主皇の息がかかった教会だけで、他の教会には免罪符を扱う許可がおりていない。その為、教会間で格差が生まれた。


 免罪符が現れてからというもの、他の教会では巡礼者がぱたりと来なくなり、収入も望めなくなった。そして、その教会を管理する領主達も同様に、収入が激減する事態となっていた。



 そんなことは露も知らないエレーヌは、目にいっぱい涙を溜め、しまいには、「もういいわ!」と逃げ出した。ジェイコブとクリフも後を追う。



 ソフィーは未だに実感が沸かずにいたが、エドワードと目が合ったことで安心感が溢れ出した。


 アーロンはエドワードの横に堂々と立つソフィーを見て、ようやく納得がいく。


 実のところアーロンは、エドワードが一目惚れをする要素がソフィーのどこにあったのか、何度話を聞いても一向に理解できなかった。


 しかし、泣いて席を立ったエレーヌと比べてやっとわかった。


 エドワード陛下は、自身と同じくらい強い人を求めていたんだ。ソフィー様ならきっと負けても笑顔で祝福しただろう。あの場で、泣いているようでは駄目なんだ。


 ああ、やっと分かりました!良かったですね、陛下! 



 急に泣き出したアーロンに、ソフィーは目を見開き、エドワードは苦笑した。




 こうしてソフィーが、オスベルの皇后になることが正式に決まった。


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