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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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皇后の座をかけた第一回審議

 この国の皇后はソフィーか、聖女エレーヌか。新聞や雑誌でも連日大きく取り上げられ、国中の関心事となっている。


 聖女エレーヌを推す声が高まったことで急遽、議会が開かれることとなった。


 議会は二度行われる。




 その第一回審議の日。


 窓一つない細長い議会所は人で溢れ、吹き抜けの二階席部分の席も全て埋まっている。異様な空気が会場を包んでおり、いるだけで息苦しさを感じた。


 エドワードの右側にソフィーが、左側にエレーヌが腰を下ろす。エレーヌのすぐ後ろに主司ジェイコブと主祭クリフが座り、存在感を示していた。


 ソフィーとエレーヌの両者に、広間に集まった議員達の視線が一心に注がれている。しかし、どちらも一向に動じた様子はない。


 エドワードが始まりを告げた。


「お集まりご苦労。私の妻を、つまりこの国の皇后を議会で決めることになった。突然の呼び出しになり二人には申し訳ない。この件に関しては、私は一切口を出さないことを約束し、諸君らの決定に従おう」


 皇后の座をかけて、ソフィーとエレーヌ両者の決意表明が求められた。


 今朝議会の呼び出しを受けたばかりのソフィーが、演説内容を用意できているはずもない。内心では焦っていたが、おくびにも出さなかった。


 静かに立ち上がり一礼をする。


「この女のせいで余計な時間を取ることになった」「皇妃が嫌だなどと、さっさと国へ帰れば良い」「聖女様に敵うわけがないだろう」


 ざわついた雰囲気からアウェーであることはすぐに察知できた。


 がやがやと騒がしい聴衆をじっと見つめ、大人しくなるまで無言で待つ。観察されている空気を感じ取った彼らはすぐに静かになった。


 会場にはピンとした空気が一瞬流れたが、それを断ち切る様に、にこやかな通る声を発した。


「私達の為に貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。私は幼少期よりこの国に憧れていました。そんな私がここにいる皆様とともに、この国に尽くせること、まずはお礼を申し上げます」


「ふん、口だけなら何とでも言える!」「外国人のくせに」「信用できない」ヒソヒソと、しかし聞こえるように各所から声が上がった。


「皆様ご存知の通り、私は隣国であるルキリア国から参りました。が、この国を愛する気持ちはここにいる誰にも負けません。私はこの国の一員として、この国で骨を埋める覚悟を持ってここに立っています。オスベル帝国は今、魔物の襲来により混乱しています。今こそ国を一つにしていく必要があるでしょう。私はエドワード陛下を支え、国民一人一人を思いやれる皇后になります。貴族院の皆様、下院の皆様、私ともにこの国をより強く、豊かにしていきましょう。国民が笑っていられるような、未来に期待を持てるような、そんな国にしたいのです。どうか私に力を貸してください。私はこの国の為に全力を尽くします」


 何とか話しきった。しかし、終わった頃に送られた拍手は疎らだった。



 続いてエレーヌが立ち上がると、大きな拍手が起こる。


「皆様、落ち着いて。まだ私、何も話していないわ」


 クスクスとエレーヌが笑うと、会場が柔らかい雰囲気に包まれた。ゆったりとエレーヌが話し始める。


「本日は私の為に集まってくれて、ありがとう。私には神の声が聞こえます。ふふ。もちろん皆様、ご存知よね? 神が仰いました。この国を導けと!この国を正しい方向に導くことこそ、私の使命なのです。私とともに、より強く豊かな国を作って参りましょう!心配はいりません。私には神がついています。あなた達は神とともに歩んでいるのです!この国を豊かにする為には、歴史に則り、私とエドワード様が結婚する必要があります!どうか皆様の御力を私に。この国を、エドワード様を支えていけるのは、私だけなのです!皆様、どうぞ賢明なご判断を。神の御心を感じ取ってください」


 祈りのポーズで最後を締めると、今日一番の大きな拍手が起こった。エレーヌは一人一人と目を合わせながら、頷きで返した。


 当然エレーヌを推す声で溢れかえった。


 …完敗だわ。さすがに演説には慣れているわね。 


 よくよく聞けば内容などあってないようなものなのに、彼女の言葉はなぜか人を魅了する。場を支配する力がエレーヌにはあった。


 ソフィーは机の下でギュッと両手を握りしめる。



 それに、ほくそ笑んだのが、主司ジェイコブだ。聖女の価値を強調し、ソフィーとの結婚に反発の声を上げるよう議員達を扇動したのもジェイコブだった。


 聖女の力が強くなれば、必然的に主皇領の力が増す。婚姻が叶えばこの国における主皇派の権威は絶対的なものになるだろう。


 エドワード皇帝は議会の反発を予想してか、緊急の招集に反対しなかった。約束通り、口も挟んでこない。


 おかげで存外にすんなりと、この国は我が物になりそうだ。



 ジェイコブの目論見通り、挙手性による投票の結果、七対三でエレーヌに軍配が上がった。エレーヌを称賛する拍手が送られ、エレーヌは礼の代わりに微笑みながら議員達に手を振る。


 拍手が鳴りやまぬ中、ジェイコブが立ち上がった。頬杖をつき無表情のままのエドワードに訴える。


「エレーヌ様が選ばれたのは民意です!最終審議までの間、陛下には公平を期すために、ソフィー様や他議員の方々と距離を置いて頂きたい!陛下の進言で結果が覆ったのでは、意味がありません」

「無論だ」

「ありがとうございます。加えて、皇后を国の共同統治者として頂きたいのですが、どうでしょう⁉」


 しん、と静まり返った。


 つまりオスベルを、主皇領と共同で統治しようというのだ。エレーヌの国籍は特別扱いで主皇領とオスベル双方にあるというのに。


 エドワードが頬杖をついたまま、無言で視線をジェイコブに注いだ。ギラリと目を光らせただけで、やはり何も言わない。


 それを肯定的に受け取り、ジェイコブが畳みかけた。


「オスベルは魔物被害が相次いでいます。国全体が恐怖と不安に駆られているのです!聖女と主皇領が付いているとアピールすれば、国民の不安を和らげることができます。さらに、免罪符の利益の半分を国に差し出しましょう」


 歳入が大幅に増える提案に、議員達も「おおっ」と色めいた。


 エドワードも頬を緩める。


「皇后の最終決定が下されたのちに、議会で話し合うことになるだろう」

「ありがとうございます!」


 ジェイコブは恭しく頭を下げながら、エレーヌに目で合図した。

 エレーヌが一歩前に進み出る。


「皆様のことを信じていたわ。正しい判断をされて安心しました。私はエドワード様の妻として、この国の皇后として、この先も皆様とともに歩むことを誓います。ありがとう」


 エレーヌが立ち上がって礼をすると、議員達も次々と立ち上がり拍手を送った。まるで最終判断が下されたかのようだった。


 エレーヌは優越感をもってソフィーに優しい言葉を投げかける。


「ソフィー様。お気を落とさないでね。あなたの分も私がエドワード様を支えていくわ。これが民意なの。皆、私を皇后にと望んでいるのよ?」

「まだ最終審議ではないですから。それまでともに頑張りましょう」


 ソフィーが笑むと、エレーヌも「そうね」と不敵な笑みを浮かべた。




 パン、パンと二度手を打ち鳴らしたことで、注目が二人からエドワードへと移る。


「いやいや。双方ともに素晴らしい演説だった。国への思いに聞き入ってしまったよ。そこで、そんな両者に私から贈り物をしたいと思う」


 手元にあった金色のベルを鳴らすと、二人の使用人がそれぞれ黒い宝石箱を持って現れた。どちらの箱も全く同じ外見をしている。


 全員が見守る中、彼らはそれを開けて見せた。



 一方は、黄金に輝くネックレス。


 もう一方は、蓮の花のような形をした真っ白い石の結晶が入っている。



 議員達にも良く見えるよう、二人の使用人は同時に通路を回り始めた。会場のざわつきが増していく。


「中身が全然違うじゃないか」「金の輝きが素晴らしい!」「大賞と残念賞だな、これは」


 ジェイコブも目を凝らした。


 一方は金に間違いない! もう一方は何だ⁉


 そこへ誰かが呟いた声が耳に届く。


「方解石だ!」


 方解石⁉ 方解石だと⁉ ジェイコブはにやけるのを必死に堪える。


 方解石は石灰岩の主成分で、大理石としても知られる。良く言えば馴染み深い、悪く言えばありふれた鉱物だ。

 価値で言えば、金とは比べようもなかった。


「さあ、そろそろ二人に選んでもらおう。好きな方を選ぶと良い。ではまず投票数の多かった聖女エレーヌから」

「私は当然、これにするわ」


 指で示したのは、金のネックレスだ。


 会場中がどよめいた。ジェイコブも後ろで頷いている。


 そうだ。それでいい!


「それではソフィー。あなたは、どちらを選ぶ?」

「私は、こちらを」


 選んだのは、蓮の花の形をした方解石の入った宝石箱。


 会場が騒然とした。


「諦めたのか⁉」「聖女様が相手では仕方ない」「身の程を知ったか」嘲りの声が聞こえた。


 エドワードがソフィーを伺うように、優しく問う。


「聖女様と同じ物を選んでも構わないよ?」

「いいえ。一目見た時から、私はこちらと決めておりました」


 ソフィーはきっぱりと言った。


 エレーヌは視線でソフィーを捕らえながら、上機嫌でエドワードの腕に抱きつく。


「被らなくて良かった!ソフィー様には、そちらの方が似合っているわ!ねえ、この金のネックレス、着けてみてもいいかしら?」

「それはもうあなたの物だ。好きに使うと良い」

「ありがとう!でも一人ではつけられないわ。エドワード様、着けてくださる?」

「喜んで」


 エレーヌは自慢の金髪をさらりと片側に寄せた。首に回されたネックレスをうっとりと見つめる。ものの数秒で器用にエレーヌの首に掛けられた。


「うふふ。さすが本物の金ね!輝きが違うわ!それにとっても重い。きっとこれが皇后の責の重さなのね!」

「よくお似合いですよ」

「そうかしら?」

「ええ」


 エドワードに笑みを向けられ、エレーヌは天にも昇る思いだった。


 やったわ!やっぱりエドワード様も私を皇后に望んでいたんだわ!


 満足気なエレーヌをしり目に、すぐにソフィーの元へと移動した。手にはもう一つの宝石箱を持っている。



 エドワードは跪き、宝石箱をソフィーへと差し出した。


「ソフィー。儚い花に悠久の時を与えてくれた君へ。今度は私からあなたへ枯れない花を贈るよ。受け取ってくれる?」

「もちろんです。エドワード陛下!一生の宝物にします」


 押し花の栞のお礼だと最初から気づいていた。


 自分にだけ分かる特別な贈り物を選んでくれたことが、ソフィーには嬉しかった。


 例えこの先、ともにいることが叶わなくても、もうこれで十分。


 宝石箱を両手でギュッと胸に抱いた。




 方解石を持ったソフィーと、金のネックレスを身に着けたエレーヌを見比べ、エドワードが高々と言い放つ。



「皆の者!両者の姿を良く覚えておけ!神の御心がどちらにあるか、諸君なら分かるだろう!次回の議会は二週間後、再度この場所で行う!」


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