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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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オープンガーデン

 今回の五頭の火竜により、約三千五百戸が焼失した。死者数は、騎士団員十七名を含む五十三名。浮浪者の数は含まれていない為、実際はもっと多いと見られる。



 報告書を読むエドワードの眉間に皺が寄る。アーロンも同様に渋い顔をしている。


 国が始まって以来の大火災だった。



「巷では聖女様の予言のおかげで被害が抑えられたと。騎士団員達も雨を降らせたのは聖女様の力だと興奮気味に語っています」

「下らん。この国は雨がほとんどだ。祈らんでも勝手に降る。おまけに盛大なパレードとは」


 エドワードは椅子に背を預け、足を組んだ。


「はい。まるで全てが自分達の手柄かのように大きな旗を振り、太鼓の音を鳴らしながら王都へ戻ってきました。王都だけではありません。各領を回って、盛大なもてなしを受けています。おかげで騎士団より一週間も遅れての王都入りとなりました」


 勝手なパレード開催に即刻抗議したが、戻った途端に国民達に囲まれただけだと否定された。


 よく言うよ!わざわざ顔を見せながら、これでもかと、ゆっくり馬を歩かせたくせに。おまけに一人一人と握手して回ったって!いやいや、頑張ったのは騎士団だから!皆もそう思うでしょ⁉


 アーロンが脳内で同意を求める。鬱憤を晴らす方法をこれしか知らなかった。


「今回の件で、国民は聖女エレーヌを崇め始めています。比例して、陛下の御相手は聖女であるべきだとの意見も広まってきました」

「ソフィーの茶会の参加者も減っているようだな」

「はい。当初は国中から申し込みが殺到していましたが、今やその三分の二以上から断りの返事が届いています。反対に聖女主催のお茶会の出席者数は増加する一方で」

「ソフィーはあんなことがあったのに、気丈に振る舞ってくれているが」


 結局、毒殺の真犯人にはたどり着けなかった。思い出すだけで背筋が凍る。エドワードが止めても、ソフィーは茶会を開くと譲らなかった。


「しかし明日は、ソフィー様の提案でオープンガーデンとし、陛下と連名での招待状にしたことで参加者は増加するでしょう」

「ああ。火災への募金集めとは、彼女は国のことをよく考えてくれている」

「そうですね。お茶会だけでなく、チャリティー、孤児院や領地への訪問。外国人という事で最初は色眼鏡で見られることも多かったですが、徐々に認める人も出てきました」

「彼女ならばオープンガーデンも成功させられるだろう」




 オープンガーデンとは、庭を公開し、自由に鑑賞できるようにすることをいう。


 今回は先日の火災へのチャリティーを目的とし、公開期間は五日間。入場は無料だが、帰りに募金に協力してもらう。


 ソフィーは自慢の庭を見回した。半日ではとても見て回れない広い庭は、植物園と言った方が相応しい。世界中から集められた一万種を超える植物に、温室まである。迷わないように事前に地図も用意した。


 オスベルの夏の花と言えば、薔薇とラベンダー。色とりどりの薔薇と、一面のラベンダー畑は、まさに今が見頃だ。


 絶好の散歩日和とはいかなかったが、雨は降っていない。


 ソフィーもエメラルド色のドレスを着こんで、朝から気合十分だった。エマはソフィーが選んだ青いドレスを着ている。


「庭師達が毎日手入れをしているお庭だもの。一人でも多くの人に見て欲しいわ」

「そうですね。精いっぱいおもてなしをしましょう」


 と張り切ったものの、訪問者数が少なく、暇を潰すのに忙しくなった。まだ正午とはいえ二十名も集まっていない。


 ソフィー達は入り口から十分ほど歩いた所にあるラベンダー畑で、軽食を準備して待っていたが、あまりの人入りの少なさに二人でお茶会を始めてしまった。


 美しい景色を目に入れながらも、口から出るのは不安ばかり。


 心なしかラベンダーも物憂げだ。



「ソフィー様、エマ様」

「リアム様!」


 リアムが十人程のご令嬢に囲まれて、やって来た。ご令嬢達はあまりソフィー達を見ようとしない。あくまで目当てはリアムのようだ。


「彼女達に声を掛けたら、行きたいって言うから連れてきたよ」

「まあ、ありがとうございます!」

「広いね。一日がかりでも全部見られないかも。こんなにすごい場所を無料で公開していいの?」

「ええ。国内外から貴重な種を集めていますので、存分にお楽しみください。皆様も。軽食もご用意しておりますから宜しければどうぞ」


 用意したのは、ラベンダーを使ったお菓子とスコーン。勿論セイボリーもある。


 季節の花や果物を沢山取り入れた、目にも美しいアフタヌーンティーセット。これには令嬢達も歓声を上げた。


「すごい!こんなに美しいお菓子初めて!」

「本当!紫色のケーキに、紫のお花が飾られているわ。食べるのが勿体ない!」


 オスベルのお菓子は美味しいが、見た目の良さはルキリアのものが抜きんでている。今回は料理長に見た目の理想を伝え、無理を言って作ってもらった。と言っても、初めは相手にもされず追い返されたが。


 使用人の中で一番給料が高いのが料理長。その分、プライドが高いのは当然のことだった。


 何度も熱意を伝え、やっと用意してくれた。その仕上がりに感激したのはソフィーだけではない。周りのメイド達も誰もが目を輝かせた。



 帰る頃にはご令嬢達もご機嫌で、次回のお茶会の約束も取り付けることに成功した。


 お菓子外交、大成功ね!


 これを機に、翌日からは大盛況になった。あのご令嬢達が広げてくれたのだろう。口コミの効果は侮れない。


 お菓子だけではなく、貴重な植物への関心もあり、男性の入場者も目立つようになった。




 五日間公開した結果、訪問者数は五百八十三名、募金総額は三億七千五百万パーズとなった。上流貴族の平均年収が三百万パーズであることを考えると、十分な数字と言えた。これだけあれば復興の大きな足掛かりになる。


「すごいですよ!ソフィー様。こんなに募金が集まるなんて!」

「ええ。本当ね!それもこれも貴族の皆様の協力あってのこと。早速お礼のお手紙を書かないと!」

「そうですね!城の皆も成功を喜んでいましたよ。特に料理長!」

「料理長にはすぐにお礼に行ったわ。皆にもチップを渡さないとね。庭師と料理人達には特に弾むわ!」




 使用人達ともまだまだ壁はあるけれど、少しずつそれが崩れている気がする。会話をすれば分かり合える。今回のことはソフィーにも自信となった。


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