免罪符
一方その頃、神殿には三十名の信者が集まり、晩餐会を開いていた。厳かな神殿には似つかわしくない派手な衣装を着た彼らは、長方形のテーブルを囲むように座っている。
皆が揃った段階で五人の騎士と十人のメイドを従えたエレーヌがやって来て、優雅に椅子に腰かけた。
「今日は私の為に集まってくれて、ありがとう!」
「聖女様とご一緒できるなんて私達は光栄です!」
使用人が前菜を配りだす。目にも美味しい料理の数々が出された。
「ねえ、皆様。ソフィー様のことはどう思われまして?」
メインに差し掛かった時、ふいにエレーヌがそう尋ねた。同席者達は目を見合わせる。
「お気の強そうな方ですよね。皇妃は嫌だなんて図々しい。聖女様を支える重要な地位なのに」
「彼女の悪行のせいで臨時議会に参加しないといけなくなったと、商人が嘆いていたわ」
「でも議会では反対に、あの女に疑いを持った騎士が二名処刑されかけたって」
「それって言論統制ってこと⁉」
「エドワード陛下と随分と仲睦まじいと聞きますが」
ざわつく信者達に、エレーヌは鴨肉を切る手を止める。愁いを帯びた流し目で、周囲を引き付けた。
「そう見えるわよね。だけどグレイヴィル家って残忍な家柄だと聞くわ。私、何だか怖くて。それにエドワード様が異常にソフィー様に気を遣われている気がするの」
首を横に傾げると、周囲のざわつきが増した。不安を植え付けられた彼らは疑心暗鬼になる。窓を襲う雨の音が余計に焦燥を掻き立てた。
「まさか…何か弱みでも握られているとか⁉」
「確かに。そうでないと、エレーヌ様がいるのに、あの女を選ぶ理由がない!」
「外国人のくせに…!この国を乗っ取る気かもしれない。私達で聖女様とこの国を守りましょう!」
この火種は彼らから貴族へ、メイドと騎士から庶民へと伝わるだろう。
エレーヌはすっかり満悦し、話題を変えた。
「そう言えば皆様、免罪符はもう手に入れた?」
「勿論です!エレーヌ様の絵姿が描かれていて素敵でした。家に飾っています」
「そう!良かった。特別なものだから大切にしてね」
免罪符とは、罪の赦しを得られる証明書のこと。
本来、罪を犯すと主司や主祭に罪を告白し償いをしなくてはならない。しかし、免罪符は持つだけで全ての罪が赦されるという。
ファビアーノ主皇が率いる教会が免罪符を発行するやいなや爆発的に人気となり、今では品切れの教会もあるほどだ。
価格は個人の自由としたが、当初エレーヌはこれに反対した。
「そんなことをしたら、少額で買い叩かれるわ」
「だ、大丈夫ですよ。免罪符を購入する者は自分の罪とお金を天秤にかけますから。少ない額を払う者などいません」
クリフの言う通りだった。庶民はともかく、貴族は一様に息を呑むような大金を積んでくれた。免罪符によりファビアーノ主皇領は莫大な利益を得る。
エレーヌは免罪符を持って喜ぶ人達を思い浮かべた。泣いている人までいて、可笑しくなる。
なんて愚かな人達!こんなに簡単なんて、やっぱり私は神に愛されているわ!




