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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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ソフィーの死後

 ソフィーとの時間をたっぷりと過ごしてから、エドワードはアンリの幽閉されている塔へと向かう。アーロンと護衛の騎士二人も一緒だ。狭い螺旋階段はかび臭かった。



 幽閉とはいえ一国の王太子に与えられた部屋は広く、ソファや机、書架まである。ただし窓はない。そのせいか空気がどんよりと淀んでいる。


 薄暗い部屋でアンリはソファに足を組んで座り、本を読んでいた。流行中の「鉱物」の本だが、既知の内容でつまらない。


 エドワードがドアを開けると、本をゆったりとした動作で机の上に置く。


「来ると思っていたよ」

「お前達は部屋の外にいろ」


 エドワードに退出を言い渡され、騎士達が戸惑う。


「しかし!」

「大丈夫だ。何かあれば呼ぶ」


 騎士を外に残し、静かに扉が閉まった。部屋にはエドワードとアンリ、アーロンの三人だけだ。エドワードはアンリの正面のソファにドカッと腰を掛け、アーロンはソファの横に控えている。


 アンリは足を組んで、両手をその上で遊ばせる。


「君と向き合って座るのは居心地が悪いね。まだワインでもあれば良いんだけど」

「毒入りなら用意してやろう」

「遠慮しておくよ。それよりソフィーの様子はどう?」


「次に気安く呼んだら殺す。お前に答える義理はない。それより…結婚の条件に側室の文言を入れさせたのは、お前か?」

「そうだけど? 半年後っていう条件も僕がつけたよ。聖女が現れるのが半年後だったから。前世で君は聖女を皇后にして元の婚約者を側室にしたからね」


 悪びれもせずに答える。


「するはずがないだろう」


 凄味をきかすエドワードに、わざとらしく肩を竦めた。


「みたいだね。あの条件を付けておけば、ソフィーはすぐルキリアに戻されると思ったのに、君のその態度は想定外だったな」

「どちらにせよ、あの様子ではルキリアに戻ったとてソフィーがお前の元に行くことはないだろう」


 エドワードが嘲るような視線を寄こした。


 アンリは「確かにね」と自嘲する。


「そんなことより、お前の話を一から聞かせろ」

「まあいいけど。面白くはないよ?」


 アンリは足を組みかえ、今までの出来事を淡々と話し始めた。


 窓のない部屋は時間の経過が分かりづらい。


 ソフィーの処刑まで話が進むと、エドワードがアンリへの敵意を露わにする。腸が煮えくり返るとは、こういうことを言うのだろう。


 ソフィーが皇妃になることに、あれほどの恐怖心を抱いたは、間違いなくこいつらのせいだ。


 無能な男は、あのタイプの女がとにかく好きだ。見た目もそこそこで簡単に自尊心を満たしてくれる。

 しかし、目の前の男はそこまで無能にも思えんが。


「僕は愚かだった。真実を見失い、判断を誤った。夫としても、王としても最低だ」

「懺悔は神にでもしていろ。続きを話せ」


 促され、先へ話を進める。


「ソフィー嬢がいなくなった後、エレーヌと後継者をジョルジュにするかテオにするかで揉めた。まさか彼女がジョルジュを暗殺するなんて…」


 ソフィーの死後エレーヌに抱いた不信感は、ここで確信に変わる。


 アンリは固く目を瞑り、表情を隠すよう顔に手を当てた。その態勢のまま話を続ける。


「僕は次第に領土の拡大に執心するようになり、最終的に、主皇ファビアーノと手を組んだ君達に負けた。身代金と引き換えに僕の身柄はルキリアに引き渡され、塔で処刑の日を待っていたんだ。その間に、テオが国王になった」


 ゆらゆら揺れる蝋燭の火を見つめた。処刑は引き渡しから半年後。言い渡されていたのは火刑だった。


「テオは即位してすぐにファビアーノ主皇に忠誠を誓い、彼から特別な地位を賜った」


「ファビアーノか」


 まさか前世で自分と奴が手を組んでいたとは。領土の拡大に熱心で黒い噂が絶えない人物と聞くが、やり手ではあるな。



「実は、テオの父親は主皇の可能性があるんだ。僕はエレーヌの体を気遣って一度しか関係を持っていないから。後々思い返せば、ちょうどその時期にあの男も宮殿に来ていたよ」


 突然の告白にエドワードは一瞬目を見開き、すぐに冷笑した。


「気遣った挙句に、他の男に盗られたって? おまけに王家の血まで、まんまとすり替えられた訳だ。傑作だな!見る目がないにも程がある。あんな女、私にはハーピーにしか見えんが」


 ハーピー…。

 アーロンは別名を「ハルピュイア」ともいう、頭が人間で体が鳥の化け物の画を、即座に脳裏に思い浮かべた。


 アンリも「ハーピーか。それはいい」と笑う。


「エレーヌも実のところ、本当の父親が誰かなんて分かっていないだろう。僕の子として金髪碧眼の子を産めれば、相手なんて誰でも良かったんだ。愚かな私は全く気付いていなかったけどね」


 幽閉された塔の中でライアンの遺書を読んで、初めてテオが自分の子ではないと気づいた。


 エレーヌと関係を持ったライアンは、自分の子かもしれないテオが血筋を偽ったまま王になることを恐怖して、自ら命を絶ったのだという。

 純粋な彼は、まさか自分以外にも相手がいるなんて考えもしなかっただろう。


「エレーヌがテオに『本当の父親はファビアーノ主皇だ』と告白するところをメイドが見ていた。テオは納得しただろう。僕はジョルジュを後継者に推していたから」


 テオはエレーヌとともに「なぜ正統な自分より犯罪者の子どもを優先するのか」と、何度も僕を尋ねて来ていた。


 あの時、細心の注意を払って対応していればジョルジュは助かったかもしれない…。


 両手で額を覆ったアンリを気にすることもなく、エドワードが疑問を口にする。


「王位に就いた息子に、父親がファビアーノだと告げる必要がどこにある? 血統がなくなるじゃないか」

「エレーヌはあわよくば主皇の妻の座を狙っていたのかもしれない。彼は公然と妻と愛人を持っていたからね。当時ルキリアは敗戦国だ。彼女は地位の高い人間にすり寄るのが上手いから」


「要は、お前は使い捨てられたってことだな」


 エドワードが皮肉ると、アンリは歯牙にもかけず肯定した。


「そうなるね。僕の最後の記憶は処刑の前夜、誰かが僕を訪ねてきて急に刺された。僕の感覚だとその後すぐに巻き戻っている」

「黒魔術か?」

「さあ。ルキリアで文献を手あたり次第に読んだけれど、分からなかった」

「はっ。役に立たんな」


 窓がない薄暗い部屋では、少し俯いただけで表情が分からなくなる。蝋燭の灯りで、アンリの顔の影が色濃くなった。


「でも巻き戻したのは、エレーヌだろう。ソフィーの皿に毒を盛らせたのも彼女だ。あれは目的の為なら何だってするから」

「あの女が時を巻き戻す必要がどこにある? 自分の子どもを王にし、思い通りの展開ではないか」


「美貌だよ」

「……は?」


「彼女は自分の美貌が失われていくことを嘆いていた」



 エドワードは言葉を失った。彼の感覚では理解できなかった。


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