科学者チャーリー
式典の一週間後、騎士団が退治した魔物を持って帰り、城内が騒然となった。
三メートルはあろうかという巨大竜を、丸太を組み合わせた板に乗せ、引きずって来たのだ。
それが今、エドワードとソフィーの眼前に置かれている。二人は階段上の椅子に座ったまま、それを見下ろした。
背中には大きな羽。頭には上へと伸びた二本の角。裂けたような口から生えた鋭い牙。太くて長い尾。丸々とした胴体からは四本の脚が生え、それぞれに立派な鉤爪が付いている。体中に矢や銃の痕があり、乾いた血が付いていた。
「よくやった」
はっ、と頭を下げたのは、帝国騎士団の第一団長デクスターだ。筋骨隆々で、ライオンの鬣のような髪をしている。
魔物の特性、戦況、死傷者数、武器の破損数、現地の状況等を細かく報告し、下がっていった。
「チャーリー」
「はいはーい。わお、すごい爪!これで掴まれて大空を飛行した後に、こんな尖った牙で噛み殺されるなんて怖すぎる!鱗も大きくて固いね。さっそくサンプルを取らなくちゃ。研究室まで運んでくれる? 入らないって? そりゃそうだよね。じゃあ前まででいいか」
早口でまくし立て、ペラペラペラと見たまま、感じたままに言葉にしていく。騎士団のエリート達に指示を出す時も会話というより独り言のようだ。
すごい!ずっと喋っているわ。
ソフィーは気おされながら、チャーリーを凝視した。
白衣を纏った彼は、二十代後半に見える。ぼさぼさの長い栗毛に、ぴょんぴょん生えた寝癖はそのままで、高い背を隠すように背中を丸めて歩き回っている。
磨けば光るだろうに、見た目には無頓着のようだ。
「ソフィー。紹介しよう。我が国の科学者チャーリーだ」
「ソフィー・グレイヴィルです。よろしく」
「わー、あなたがソフィーちゃん? やっと会えたね!赤毛なんて珍しい。今度、血液を採取してもいい? 髪の毛も一本貰える? あ、そうだ研究室においでよ!」
「チャーリー」
ギロリとエドワードに睨まれた。
わぁ。陛下が怒っている!初めて見た。どこで怒ったんだろう? 陛下が怒っている!面白い!
「すごいね、ソフィーちゃん!」
「チャーリー!」
わあ、また怒られた。ちゃんって呼んだからだ!ちゃん付けしただけで怒っているんだ。あの陛下が⁉ 面白い‼
「初めまして、チャーリーです。チャーリーって呼んで!魔物や細菌の研究をしていて、昨日は一日中、解剖していたんだ。一昨日は鶏と」
「チャーリー様の好奇心は素晴らしいですわね。こちらの魔物は名前などありますの?」
「これはね!ピスラだよ!鳥とも竜とも言われる魔物で——」
チャーリーは説明しながら、感動していた。
つい数年前まで、チャーリーは全くと言っていいほど喋らなかった。無口を通り越し、障害でもあるのかと思われていた程だ。
五歳くらいの頃から、自分の言葉で相手の顔が歪んだり、綻んだりするのが怖くなった。
自分が放った言葉がにょろにょろとした虫に変化し、相手の耳から入り込んで内側に寄生していく感覚。その気持ち悪さに耐えられなかった。
「ああ」「うん」「はい」もしくは単語だけ話し、なるべく意味を持たせないようにした。
心配した親が悪魔祓いまでさせたが無駄に終わる。
研究に没頭しだしたのは、虫の正体を暴きたかったからだ。でも微生物は見えるのに、言葉の虫は見ることすらできず、話すことへの恐怖はずっと付きまとっていた。
エドワードと会うまでは。
なぜかエドワードの中には、言葉が全く入り込んでいかない。何を言っても顔色を変えず、全ての言葉を弾き返していく。
こんな人がいるんだ!言葉が寄生していかない!この人になら何を言ってもいいんだ!
それ以降、エドワードだけじゃなく、他の人も言葉を弾き始めたことに気づく。実際は変人認定されて耳を貸して貰えなくなっただけだが、それこそが僥倖だった。
何だって言っていいんだ!本当の気持ちを話すって楽しい!
その日から人が変わったように話すようになり、今のようになった。
ソフィーちゃんも陛下と一緒だ!他の人と違って、ちゃんと話を聞いてくれているのに、虫が全く中に入っていかない!二人目だ!
「とても良く分かりました。ありがとう」
「ううん!僕、ソフィーちゃんに会えて、とっても嬉しい!今度、研究所にも来て。いっぱい教えるから。あと、ハーブもいっぱいあるから、体調が悪い時も言って!調合するね。あと」
「ありがとう。是非伺いますね」
「うん!陛下はね、怖く見えるけど、すっごく優しいんだよ!この間も人体の構造が知りたいって言ったら、解剖用の死体を用意してくれて。あ、その時のスケッチがあるんだけど」
「早く連れ出せ」
エドワードの一言で騎士達に連行され、部屋を出た。
最後の言葉は聞かなかったことにしよう…。
「とても明るくて、探求心の強い方ですね」
「あいつの話は聞かなくていいよ」
エドワードは引きずられるピスラをまじまじと観察し、頬杖をついた。
ピスラは山奥に住む竜で、主食は猪・鹿・羊・牛。人間を襲うことなど、一度としてなかった。
それがここ半年で、急に被害の報告が増えた。
つまり、ピスラは半年前に人間の味を覚えたことになる。
偶然か、はたまた——。




