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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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波乱含みの晩餐会

 晩餐会はその後も(つつが)なく進行し、ダンスの時間になるとエレーヌが衣装替えして現れた。彼女のトレードマークのようなピンクの衣装だ。百合の髪飾りを付け、清楚さと華やかさを併せ持った彼女にしか出せないオーラがある。


 エドワードとエレーヌが会場の真ん中で踊るのを、全員で見守る。相変わらず憎らしい程、優雅に彼女は舞った。ドレスについた宝石がシャンデリアに照らされ、輝いている。


 皆が二人に見惚れる中、ソフィーは次に踊るであろうアンリのことが気になっていた。


 お顔の色が優れないわ。あんな状態で踊って大丈夫かしら? 話しかけるわけにもいかないし…。


 穏やかな笑みは相変わらずで、周囲は気づいてなさそうだ。心配でつい目で追っていると、アンリもこちらに気づく。途端に、ふわりとアンリが笑みをこぼした。


 それまでとは違う自然な表情に、ソフィーは一瞬ドキリとして慌てて目を逸らす。



 踊りながらもエドワードは二人のやり取りを見逃さなかった。


 エレーヌもそれに気づく。


「そう言えば、アンリ様とソフィー様が愛し合っているというのは、ルキリアでは有名な話ですわ。けれど国の事情で引き離されたようで…。きっと今でも愛し合っているのでしょうね。とってもお似合いですわ。そうは思いませんか? エドワード様」


 ピーピーとうるさい。首を切り落とせば鳴き止むだろうか。そうエドワードが考えたところで、エレーヌが話を変えた。相手の心情を読み取る能力は一流だ。


「エドワード様と踊れて光栄です。でも婚約者であるソフィー様の前で踊るなんて、何だか申し訳ないわ」

「聖女様が現れた場合は、必ず皇帝と踊るというのが伝統ですから」

「ふふ。皆も、私とエドワード様のダンスが一番楽しみだって言っていたわ」

「期待に添えていれば良いのですが」

「エドワード様のダンスは素晴らしいわ。優しく私をリードしてくれて。ずっとこうしていたい」


 絡めた手をギュッと握られ、エドワードは愛想笑いを濃くした。



 踊り終えたエレーヌは、ご機嫌なままアンリの手を取る。次は二人が踊る番だ。容姿端麗な二人が踊る姿に会場中が魅了された。


「ワイルドなエドワード陛下とはまた違った魅力がおありだわ」

「こちらの二人も目が離せないくらいにお似合いね」


 キャッキャと令嬢達が噂するのを横目に、エドワードはナプキンで手を拭き、すぐにソフィーの元へと向かった。


 ソフィーは真剣な表情で、踊るアンリを見ている。斜め後ろに立っても、こちらに気づいていない。なるべく優しい声で呼びかけた。


「ソフィー」

「エドワード陛下!」

「何を見ていたの?」

「聖女様のダンスを」

「へぇ…」


 エドワードは内心の黒い感情を抑えられなくなりそうだった。


 ソフィーはその様子に気づかず、すぐに踊る二人に目を移す。悠々たる二人のダンスは、非の打ちどころがない。


 外遊中に体調が優れないなんて知られたくないはず。足取りもしっかりしているし、きっと大丈夫ね。


 エドワードはソフィーの顔を覗き込んだ。その瞳に自分が映るのを確認する。


「アンリ王太子殿下と聖女様はお似合いだと思わないか?」

「お似合い…」


 ソフィーはそれきり無言のまま、二人を観察する。彼らはお手本のようなダンスを披露している。


 夢では何度も見た光景。二人を見ると誰もがそう口にしたし、悔しいなんて思えない程、確かにお似合いだった。


 しかし、現実の二人はどうだろう。


 大人になった二人が並んだところを初めて見るが、美男美女でお似合いなはずなのに、どこか違和感があった。


 エドワードは、無言になったソフィーを試すように提案した。


「彼と聖女様が結婚したならば、我が国とルキリア国の絆はより強固なものになる。いい案だと思わないか? そうすればソフィーの不安も消えるだろう?」


 実際は、聖女を国外へ出す等、国民が納得しない。それでもソフィーがどう答えるのか知りたかった。


「…ええ、そうね」


 …でもそれは、夢の中のフィフィと同じ立場になる人間が出てくるということ。


 考え込んだソフィーは、エドワードが唇を噛んだことに気づかなかった。


「ソフィー。次の曲を私と一緒に踊ってくれる?」

「ええ!喜んで」


 嬉しそうに破顔したソフィーにホッとする。



 私からソフィーを奪う者は殺す。



 エドワードの殺気を感じたのか、エレーヌの肩越しに、アンリも睨むような視線を飛ばした。バチッと視線が交差する。


 これ見よがしにエドワードがソフィーの肩を抱き、何かを囁く。照れたように笑うソフィーの姿が、アンリの目に焼き付いた。


 そんなアンリの様子には気づかず、エレーヌが話しかける。


「アンリ様とこうして踊れるなんて夢みたい」

「エドワード陛下と踊っているあなたも、素敵でしたよ」

「あら。妬いていらっしゃるの?」

「ご想像にお任せします」

「ふふ。ソフィー様はエドワード様に夢中みたいね。ご結婚なさるんですって。上手くやっていけるかしら? この国の皇后は処刑されることが多いから心配だわ」


 ピクリとアンリの手が小さく動いたが、すぐに平常心を取り戻す。


「ソフィー嬢は博識多才な方ですし心配いらないでしょう。才色兼備な聖女様もいらっしゃって、この国は安泰ですね。羨ましい限りです」

「才色兼備だなんてお上手ね」

「まさに、あなたの為にあるような言葉だ」


 この女と身を寄せているだけで鳥肌が立つ。吐き出す言葉も高い声も全てが不快だ。


 アンリはすぐに手を拭いた。エレーヌの周りにはダンスの相手を求める男性陣がすぐに群がり始める。

 ソフィーとエドワードが踊り始めるところだった。


 ソフィーの表情からはエドワードへの信頼が伺える。それに気づかない程、馬鹿ではなかった。

 アンリはギリッと奥歯を噛んだ。




 一方、エマは一人で高いワインを飲みあさっていた。とはいえ、会場中に視線を巡らせるのは忘れない。だから斜め後ろからリアムが近づいてきたことにも当然気づいていた。


「エマ様はお酒がお好きなのですね」

「はい。いくら飲んでも酔いません。何か御用でしょうか?」

「はは。先程、少しソフィー様に失礼なことを言ってしまったので、お気を悪くされましたか?」

「いいえ。全く」

「それなら良かった。気分を害されていたらどうしようかと心配していたのです」


 リアムは新しいワイングラスをエマに手渡し、自分も一口飲んだ。


 エマもグイッとビールのように飲んで、美味しいと目を輝かせる。そして、リアムには目もくれずチーズを選ぶ。


「先程のお話は、あなたに人を見る目がないというだけの話です。私どもが気にすることではありません」


 エマはチーズを口に放り込んだ。目線は次のチーズに定められている。


「え?」

「この国の陛下が見る目のある方で安心致しました」


 踊るソフィーとエドワードをつまみに、ワインをあっという間に空にした。


「まあ、その自慢の廷臣に見る目があるかは知りませんが」


 それだけ言い残し、エマは颯爽と去って行った。空のワイングラスが机に残される。



 一瞬、鼻で笑われた気がした。置き去りにされたリアムは引き止めることもできず、立ち尽くすばかりだった。




 こうして式典は、少しの波乱を含みながらも、表面上は平穏に済んだ。


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