本心
聖女と別れたエドワードは執務室で机に向かって事務作業をしている。側近の一人であるアーロンも一緒だ。
聖女が現れて以降、教会による呼び出しの回数や、承認待ちの書類がグッと増えた。おかげでソフィーにも中々会えずにいる。
何百とある書類に目を通し、素早くサインをしていく。
右側にあった未作業の書類が、左側の作業済みのゾーンに瞬く間に積まれていく。
エドワードのデスクの前に立ったアーロンは、多忙からか目の下に隈ができていた。
「ソフィー嬢の件、宜しいのですか?」
「何がだ?」
「何もせず放置して、ほぼ二週間になりますが。メイド達の粗相もあると聞いています。お助けしなくて良いのですか?」
エドワードはピクリと眉を動かし、アーロンを睨んだ。
「アーロン。彼女にはそれに対処できる能力も、気質もある。そんな彼女が言い返しさえしないのは、なぜだと思う?」
「…さあ?」
「必要がないと判断しているからだ。つまり彼女には、この国に残る意思がないのだ」
「ああ、なるほど!って、陛下。……もしかして拗ねていらっしゃいます?」
エドワードは無言になった。
そう。エドワードは拗ねていた。
望んで国に来てくれたと思っていたが、そうではなかった。聖女の出現を良いことに、ソフィーは自国へ帰ろうとしている。
虚空を見つめるエドワードに、アーロンが追い打ちをかけた。
「まあ、あんな条件を出してきた時点で、好かれてはいないと思っていました」
アーロンは契約書に描かれた「側室を作らないこと。ソフィーを側室にするなんて以ての外」という文言を今でも覚えている。
あの条件は衝撃的だった。皇帝に対して、こんな失礼極まりない条件を付けてくるとは。敬虔な信者であれば激怒しているだろう。おかげで契約内容は機密事項となった。
「それはグレイヴィル卿が書いたもので、ソフィーは関係ない」
「ソフィー嬢が婚約破棄を狙って書かせたのかもしれませんよ?」
「ハハ。…アーロン。お前は、私が愛する女性から嫌われていることにも気づかず浮かれていた、ただのマヌケだと言いたいのか?」
鋭い視線に、アーロンは恐怖でごくりと喉を鳴らした。話を逸らす。
「しかし、あの二つの条件。グレイヴィル卿は、まるで聖女の出現を読んでいたかのようですね。側室は普通ならあり得ませんが、聖女が皇后になる場合は別です。その場合は必ずもう一人の皇妃が必要となる」
神事や国家間の仕事以外は、そちらの皇妃が行う。ちなみに「皇后」が第一婦人で、皇后がいる場合の「皇妃」とは第二婦人以下を指す。つまり側室のことだ。聞こえが悪いので、この国では皇妃と呼ぶ。
聖女は神の使いであり、聖女との結婚は神との結婚だ。その為、皇妃がいても重婚には当たらないとされる。
「聖女出現は予測不可能だ。万が一を考えただけだろう」
「ところが、そうとも言い切れないのです。実は——」
耳打ちしてきたアーロンの情報に、エドワードは驚いた後、眉を顰めて思案顔になった。
「審査はどうなっている?」
「審査を始めて二週間ほど経ちますが、ほぼ聖女で間違いないとのこと。念の為、あと一週間は審査が続きます」
「そうか。では我が后に一足早く聖女のお披露目をしよう」
「そうですね。そろそろフォローをされないと、メイド達の件も陛下がやらせていると思われてしまいますよ」
「それは不味い。私は既にソフィーのものなのだから、今更捨てるなど出来ないと教えてあげないといけないね」
エドワードにいつもの不敵な笑みが戻った。




