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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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念願の街歩き

 城に帰ってすぐに、調査の名目で街へ出たいと希望した。数日を待って、やっと行けることとなった。




「雨で残念ですね」

「そんなことないわ!雨の街並みを見られるなんて最高じゃない!昨日はなかなか寝付けなかったの!」


 オスベルは雨が多い。物語でも大抵は雨が降っている。ソフィーはむしろ雨が嬉しかった。


 熱量についていけないエマは、話題を変える。


「許可が出て良かったですね」

「本当に!脱走しないで済んだわ」


 二人はすでにお忍びのドレスに身を包んでおり、部屋で騎士の到着を待っていた。


 まだかしら、なんて言っていたら扉が開いた。


「待たせたね」

「陛下!」


 エドワードの服装を見るなり、二人の動きが止まった。いつもの上質な素材の衣装とは全く違う庶民的な服装だったからだ。


「陛下…その格好、まさか」

「じゃあ、行こうか」


 やっぱり!


 まさか忙しい彼が直々に来てくれるとは思っていなかった。


「ご公務は宜しいのですか?」

「ソフィーの為なら構わない」

「いえ、駄目です!」

「冗談だよ。きちんと終わらせてきた。だから今日は楽しもう」




 馬車もお忍び用だが、椅子のクッション性だけは皇室の物と同じで快適さは十分だ。道中はエドワードが庶民の暮らしや、街での様子を教えてくれた。楽しくて、あっという間に着いてしまう。


 馬車から出ると見たかった景色が眼前に広がる。


 落ちてきそうな暗い雲、霧で遠くがぼやけた街並み、水の溜まった石畳、あちこちにある細い路地、立ち並ぶ露店、乱雑に置かれた売り物達。


 これよ!これこれ!


 興奮するソフィーとは反対に、エマは冷たい雨にほんの一瞬、顔をしかめた。通りを歩く人達は雨を気にする様子もない。しとしとと降る程度で良かったと思うべきか。


()()()()。はぐれないよう、手をつなごう」

「はい。オリバー」


 ソフィーは外国名で、この国では「ソフィア」と発音するらしい。


 エドワードの偽名はよくあるオリバーだ。二人とも変装用の帽子を着用して顔と髪を隠している。


「これから何をしようか?」

「何もしなくても歩いているだけで楽しいです!」

「そう。ならゆっくり散策しよう」


 エマは二人の斜め後ろをつかず離れず歩く。さらにその背後に私服の警護兵がいる。


「賑わっていますね」

「メイン通りだからね。皆ここで買い出しをするんだ」


 パン、肉、魚、野菜、果物、衣服、毛皮、小物、アクセサリー。何でも揃いそうだ。興味津々という様子のソフィーは、キョロキョロと左右を見回して歩く。


「お似合いの二人だね!安くしとくよ!」

「手なんて繋いで仲が良いね。サンドイッチでもどうだい?」

「味見もできるよ!一口食べてみなよ」


 通る度に声がかかる。


 この国の人達は初対面の人とは距離を取るタイプが多いが、商人はどこの国でも商人だ。


「何か買いたいものはある?」

「そうですねぇ。あ、キャロットケーキがある!」


 テントが立ち並ぶ露店の脇に、キャロットケーキのお店を見つけた。店の外にテーブルと椅子があり、そこで食べることができる。人参の絵の看板が可愛い。


「キャロットケーキか。じゃあそこにしよう」


 ソフィーの手を引き、店先までやってきた。女性が一人でやっているようだ。


「キャロットケーキとコーヒーを三つずつ」

「はいよ!」


 恰幅の良い女性がお皿に載ったキャロットケーキを机に置く。続いてコーヒーを持ってきた。まだ庶民に紅茶は浸透していないようだ。


「食べてみたかったのです」


 ナイフとフォークがないと戸惑うソフィーを前に、エドワードが齧り付いて見せた。


「そのまま食べればいい。僕たちは今、庶民なのだから」

「そうですね!」


 ソフィーの目が輝く。普段出来ないことをするのは楽しい。しかもエドワードと一緒だ。


 ついさっきソーセージを食べていたエマも美味しそうに頬張っている。


「美味しい!こんなに複雑な味だったのですね」

「スパイスが入っているんだ」


 人参の素朴な甘さと、スパイスのピリッとした感じが合う。生姜だろうか。シナモンの味もする。


「幾つでも食べられます」

「また買いにこよう。店によって入れるスパイスが違うから、食べ比べてみるのもいいね」

「楽しそうですね!」

「紅茶の飲み比べもしようか。色々試してソフィアのお気に入りを見つけよう」

「はい!」


 念願だった街歩きが叶った。




 聖女が現れたのは、その夜だった。


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