お披露目会
ソフィーのお披露目会には、国内からたくさん人が集まった。今までどんな女性にも見向きもしなかったエドワードが選んだ女性。彼女は一体どんな人物なのかと貴族間で話題が尽きないでいた。
「エマと一緒にパーティーに出席できるなんて!とっても心強いわ」
侍女だったエマはいつも会場に入ることが出来なかった。
皇族専用のホールの控室で、四人でその時を待っている。
「お相手を手配してくださり、ありがとうございます」
「ソフィーの大切な人なのだから、そのくらい当然だ」
手配という事務的なエマの言葉に、相手役であるリアムは苦笑した。サラサラの金髪を後ろで纏めた彼は、背の高い美形だ。さぞ女性にもてるだろう。
「リアム様は私の相手などしていて良いのですか?」
「こんなに美しいエマ様をエスコートできるなんて、男冥利に尽きるよ」
「世辞は不要です」
真顔で断った。取り付く島もないエマにリアムは本日何度目かの苦笑いをする。
「私はもてなくて、婚約者すらいないのですよ。むしろエマ様がいてくれて助かりました」
彼は侯爵家の次男らしい。
この国の貴族制度は厳格で、継げるのは長男だけと決まっている。養子は認められず、他国に比べると貴族の数が圧倒的に少ない。
次男なら婚約者がいなくても不思議ではないかもしれない。
もてないは嘘だろうが。
「じゃあ僕らは一足お先に行こうか。お手をどうぞ、エマ様」
「入る時だけでいいです」
さっきから相性が悪そうな二人を、ソフィーは不安げに見送った。
「大丈夫かしら」
「案外、合うんじゃないかな。あの二人」
絶対適当に言っているわ。流れるような言葉にそう確信した。
「そんなことより、我が国であなたを次期皇后だと紹介できるなんて、夢のようだ」
「まだ決まったわけでは…」
「変なことを言うね。半年後には皇后だよ? まだ覚悟ができていない?」
覚悟とか、そういうことじゃないんだけど…。できれば次期皇后という紹介は止めて欲しい。そうかと言ってどう紹介して貰うのがいいのか分からない。
思案に暮れだしたソフィーの首を逃げられないよう右手で抑え、顔を近づけた。
「まさか、この期に及んで婚約破棄したいなんて、思っていないだろうね?」
「まさか!」
「良かった!逃がす気はないけど一瞬不安になってしまったよ。さあ、そろそろ私達も行こうか」
「…ええ」
パッと首に置いていた手を離した。
びっくりした。いつもと同じ優しい顔なのに、なぜか怖く感じてしまった。
それに婚約破棄を言い出すのは、私じゃなくてあなたよ、陛下。
「今日のソフィーはひときわ美しい」
「陛下が贈って下さったドレスとジュエリーのおかげですわ」
「いいや。そんなものはソフィーの引き立て役に過ぎないよ」
いやいや、このネックレスもイヤリングもティアラも、全部ルビーですよね? 国宝ですよね?
さっきから首から上が異様に重い。
ジュエリーが主役な分、ドレスは薄いベージュ一色のものにした。
緊張する。
名を呼ばれ、エドワードと腕を組んで入場すると、騒がしかった場が一気に静まり返った。
頭を下げる人々を上から見下ろしながら、よく通る低い声でエドワードが話し出す。
「皆の者、よく集まってくれた。今日という素晴らしき日を一緒に祝えることを神に感謝しよう。実は紹介したい人がいる。彼女はルキリア国から来たソフィー・グレイヴィル侯爵令嬢。私の大切な婚約者で、次期皇后である」
「グレイヴィル侯爵家の長女ソフィー・グレイヴィルです。皆様とお会いできて光栄です」
ソフィーの挨拶に頭を上げた人々は、息を呑んだ。ソフィーの姿が余りにも洗練されていたからだ。オスベル帝国は軍事には優れているが、文化の中心はルキリア国。それを思い知らされたのだった。
ソフィーはソフィーで、女性陣のドレス姿に驚いていた。ベージュ一色のソフィーとは違い、黄色のドレスに青い柄、ピンクのドレスに緑のフリルといった具合に非常にカラフルだったからだ。こういう色の組み合わせは、ルキリアではあまり見ない。一歩間違えれば道化師になりそうなところを、絶妙に配色されている。
まぁとても可愛いわ。この国のご令嬢達は色遣いが秀逸ね!
自分にないものを持っている人は、どの国でも魅力的に映るものだ。
紹介も済み、次々と訪れる人達と挨拶を交わす。値踏みしてくる者も当然いたが、笑顔で乗り切る。多くの者は好意的であったし、その後は首尾よく進んだ。
ホールに弦楽器の音色が響き渡る。
「さぁ、踊ろうか」
「はい!」
初めて会った時とは違い、エドワードが相手でもあまり緊張していない。
これが彼と踊る最後かもしれないわ。思い出になるよう楽しまなくちゃ!
「やっと約束を果たせるね」
「はい!嬉しいです。この日の為にいっぱい練習しました」
「私の為に?」
「ええ」
「そんなことを言われると、この手を離したくなくなるな」
踊りながらでも、甘い会話を楽しめるくらいの余裕はあった。
リードが上手いのね。さすが皇帝陛下だわ。
全くぶれない体幹に、優雅な足さばき。動く度に揺れる、黒水晶のような漆黒の髪。長くて細い骨ばった手。輝くラピスラズリの瞳。形の良いすっとした鼻に、薄い唇。
周囲を自然に観察しているところ。私のペース合わせてくれているところ。
目に焼き付けよう。
「ソフィー。そんなに愛しい目で見つめられると、緊張でミスをしてしまいそうだよ」
「…すみません!」
さりげなく見ていたつもりが、そうではなかったらしい。
「謝らなくてもいいよ。私はソフィーのものなのだから。気が済むまで見ればいい。何ならこのまま二人で抜ける?」
「…ダメです!」
「残念!さあ、もう一曲踊ろう」
「はい!」
周囲の視線など全く気にならなかった。
最高の思い出だわ!
エドワードは他の女性とのダンスを全て断ってくれた。それどころか、ずっと隣にいてくれて心強い。
ソフィーのお披露目会は夜通し続いた。




