縁談
デビュタントから一か月が過ぎたあたり。父フィリップが早々に帰宅し、使用人を慌てさせた。いつもなら王城か領地にいるはずの時間だ。
父に呼ばれ書斎に入ると、ソファに座る父の隣に母メラニーの姿もあった。
なんとなく改まった空気を察知する。
「お父様、お呼びでしょうか」
「ああ。実はお前に縁談の話が来ている」
「…縁談、ですか」
めでたい話の割にはフィリップもメラニーも複雑そうな表情を浮かべている。メラニーに至っては泣きだしそうだ。
そんなにひどい相手なの…。ごくりと喉がなった。
「…お相手は?」
なかなか話を切り出さない二人に業を煮やしソフィーから尋ねた。どんな相手であっても父が決めたのなら従うのみだ。
二人で目を見合わせた後、意を決したようにフィリップが答える。
「オスベル帝国のエドワード皇帝陛下だ」
予想していなかった名前に、暫く固まった。
何と言ったの⁉ 耳では処理できたのに脳の処理が追い付かなかった。
……噓でしょ⁉
デビュタントで見た整った顔を思い浮かべる。
「エドワード皇帝陛下⁉ 私、オスベルに行けるの⁉ 本当⁉ お父様」
異常に興奮し大声で叫ぶソフィーに父が眉根を寄せる。
「うるさい。もしこの話が通ったらオスベル帝国の皇后になるのだぞ。行動を改めろ」
「そうでした…。あまりにも降ってわいたような幸運に興奮が抑えきれず!それで、そのお話は本当なのですか⁉」
「残念ながら本当だ。一体どういうつもりなのか」
「オスベルだなんて…」
ついにメラニーが泣き出した。
「あんな危ない国にソフィーを嫁がせるなんて…。あなた、どうにかならないの」
「…相手は皇帝だ。覆すのは厳しい」
「そんな…」
フィリップが泣くメラニーを抱き寄せる。
「泣かないで、お母様!私、幸せになります!」
浮かれたソフィーに父が釘を刺す。
「お前の身の安全も心配だが、それ以前に、お前に皇后なんて大役が務まるのか?」
皇后と言えば、我が国の王妃よりも立場が上だ。それに加えて内戦もよく起こり、魔物も出現するという。
急に不安に襲われたが、すぐに閃く。
そうよ!嫁いですぐに聖女様が現れるんだった!そうしたらきっと追い出されるわ。それまでオスベルを堪能すればいいのよ!
「できますわ、お父様!お父様とお母様の娘ですもの。グレイヴィル家の娘として恥じないように務めを果たして見せます」
「ソフィー…」
強いソフィーの言葉にメラニーが泣き止んだ。
その翌日、今度はアンリから婚約の申し込みがあった。両親は当然アンリを推したが、ソフィーは頑なに断った。




