嫌な予感
おえぇぇっ。おえっ。げほっ。げほ。
アンリは胃の中のものを全て吐き出した。差し出された水で何度も口を濯ぐ。
蒼ざめた顔でソファに深く座り込み、背もたれに上半身を預けた。
肉を食べた後は必ず吐く。
彼女を火炙りにしてから、焦げた匂いがこびりついて肉を食べられなくなった。しかし、食事会で肉料理は避けられない。慣れる為に週に一度は食事に取り入れている。その度に吐き気を催し、自室で一人になった時に吐き出すのだ。
未だに何度もあのシーンを夢に見る。炎の中の彼女と一瞬、目が合う。仄暗い瞳が怖くて、最後まで見ることが出来なかった。
背中から聞こえる彼女の断末魔の叫びで飛び起きることもある。
——これは罰だ。
本当は槍試合の日、彼女からハンカチを貰えずどこかホッとした。
彼女の記憶がないのをいいことに、何もなかったことにして笑って横に立つなんて、そんな資格は僕にはない。彼女を幸せにして許されようとする自分の浅ましさに笑えてくる。
それに、あの日の彼女はなぜか前世の彼女と被って映った。
彼女はいつもじっと僕を見つめていた。何か言いたげに揺れるあの瞳で見据えられるが怖かった。だから逃げるように留学した。
二度目の人生でも相変わらず自分のことばかりで、弱いままだ。
でも留学中も浮かんでくるのは、彼女の明るい笑顔だった。
気づいていた。今生の僕は彼女を純粋に愛していることを。だけど過去の自分がお前は許されるべきではないと叫び続ける。
「お水をどうぞ」
カップを差し出しながら、ベルが微笑んだ。くりくりとした大きな瞳がアンリを映す。
「何の真似だ」
「はは。いつまでも浸っているから、待ちくたびれちゃって」
するりと栗色のカツラを取ると綺麗な長い銀髪が現れた。声もいつものベルより、ずっと低い。男性のそれであった。
「やっと女装から解放されたと思ったのに、まさかまた呼び戻されるとはね」
「ソフィー嬢に余計な虫がつかないよう、側を離れるなと言っただろう? ギル。よりによって」
「無茶言うなよ。俺は今オスベルに潜入してんだぞ? 近づいてくるのが見えたからさっと離れたんだよ。皇帝に顔でも覚えられたら処刑台送りだ」
ギルは右手で首を切る真似をし、ドカッと向かいのソファに座った。傍若無人な振る舞いはいつものことでアンリは咎めなかった。それどころではなかった。
昨夜、エドワードは明らかにソフィーを特別扱いしていた。
僕がソフィー嬢を特別扱いしたから興味を持っただけか、それとも——。
普段誰にも興味を示さないエドワードの彼女を見る目。
嫌な予感がする。




