表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/88

刺繍

「にやけていますよ」


 エマに指摘され、慌てて顔を引き締めるも、すぐに緩んでしまう。


「だって!仕方ないじゃない!こんなの慣れてないんだもの」


 クッションに顔を埋め、声を吸収させた。隣の部屋にいるジェレミーには聞こえていないはずだ。


 パーティーでの出来事をエマに伝え、ハンカチに縫う刺繍の練習に付き合ってもらっている。槍試合当日にはハンカチを渡すことにした。刺繍は令嬢にとって腕の見せ所だ。


「さすがにソフィー様にこの刺繡は無理ですよ」


 エマが目をやったのは王家の紋章が載った新聞。白地の旗には王冠を被った勇ましいライオンが描かれている。


「…やっぱり?」

「はい。イニシャルとかは如何です?」

「他のご令嬢達はきっともっとすごい刺繍をしてくるわ!イニシャルだなんて」

「これを渡すよりいいと思いますけど?」

「うるさいわね!」


 仮の刺繍は確かにひどい出来だと自分でも思うが、人に言われると恥ずかしさが増す。


「やっぱり止めるわ!どう考えても一週間で上達は無理だもの」

「賢明です」


 結局、ハンカチは購入することにした。こうなったら一番彼に似合うものを選んで見せるわ。そうよ。自分の苦手分野で勝負することないのよ。


 意気込むソフィーを見てエマの頬が緩んだ。


「安心しました。ソフィー様は男性には良い思い出がないので、今期を逃すものとばかり」

「失礼ね」

「でもお相手があの方で本当に宜しいのですか? 婚約してからやっぱり嫌は言えませんよ」

「分かっているわ。私、本当に彼のことが好きなの」


「あんなに嫌っていたのに?」

「夢の中のクソ男と殿下は別人よ。違いすぎるもの。それに私、フィフィは幸せになれるって信じているの」

「…投獄されているのにですか? 内通だなんて下手したら処刑もあり得ますよ」


「不思議と不安を感じないの。エレーヌがいなくなったせいかしら? 小説でもどん底になった時に力が覚醒したりするでしょう? きっとこれからがフィフィの人生の始まりなのよ」

「…そうでしょうか?」

「そうよ。だってこのまま処刑なんてされてしまったら、フィフィの人生って何だったのってなるじゃない」


 幸せを信じて疑わないソフィーに、エマは何も言わなかった。商人を家に呼ぶ手配をする旨を伝え、ベッドに寝かせ退室した。


 部屋を出た後、すぐにため息が漏れる。


 エマは平民出身でソフィーよりずっと大人だった。現実を知っていた。露店では棺桶が売られているし、五歳を迎える前に死んでしまう子も少なくない。



 笑って最後を迎える人だけではないのだ、人生は。



 ああ、だけれどもどうか、ソフィー様の世界が幸せで溢れたものでありますように…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ