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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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今日は何の日?

 疲れた!


 パーティーの後は大抵、男性は男性専用の、女性は女性専用のカフェルームへ移るが、校内でも同じように男女別の部屋を(あつら)えているらしい。ソフィーは椅子に座り、やっと一息ついた。あちらこちらで誰に何を貰ったかで盛り上がっている。



「大変だったわね」

「マリー様!」

「あちらでご一緒にいかが?」

「是非!」


 むさ苦しい男達に囲まれていたせいか清涼感たっぷりのマリーは癒しだ。


「ここよ」


 さすが公爵家。校内にも特別な部屋があるらしい。


 五人ほどがやっと入れるような狭い部屋は、それでも一流の調度品に囲まれ校内とは思えなかった。先程までの親しみやすい木枠はなく、白く統一された室内は、アクセントに金が使われている。


「素敵なお部屋ですね」


 ついつい見渡してしまうほどに美しかった。


「そうね。私も好きよ」


 マリーは向かいの席をソフィーに勧め、使用人がすかさずドリンクとデザートを数種置いていく。


「槍試合前のこのイベント、早く潰れればいいと思わない?」


 ソフィーが腰かけるや否や、毒舌が始まった。


「確かに。マリー様の周りは特にすごかったですね」

「いつものことよ。指輪なんかで私を釣ろうなんて甘いのよ」


 ソフィーはマリーのはっきりしたところが好きだ。


「ふふ。やはり理想の男性はおられませんでしたか?」

「そうね。この国にはいないみたい。あなたのお父様が独身なら良かったのに」


 今何と⁉ ケーキを切る手を止め、マリーの顔を凝視する。


「冗談よ」


 全く冗談に聞こえなかった。マリーは何事もなかったかのようにホットチョコレートを口にしている。


「あなたはどうなの? どなたかいらして?」

「いいえ。正直に言うと対応するのがやっとで、顔すらうろ覚えです」

「お目当ての人でもいれば、楽しいイベントなのでしょうけどね」


 それを聞いてドキリとする。目当ての人はいるが、相手が相手だけにマリーには言えない。


「…そうでしょうか? 婚約者同士なら楽しいでしょうが、一喜一憂して何も貰えないなんて残酷です」


 急にしょんぼりとしたソフィーにマリーが驚く。


「あら、あなたお目当ての人がいるのね」

「いえっ!違います!想像です!」

「そんなに慌てたらバレバレよ。まあ失恋も恋の一種よ。私なんてその気持ちも分からないもの。羨ましいわ」

「羨ましい、ですか?」

「ええ。私、恋したことないの。こう胸の奥から湧き上がるような熱いマグマを感じたいのよ!今日の男性達では生温いの!」


 急に熱弁を振りだしたマリーに戸惑い、はあ、と気の抜けた返事しかできなかった。


「隠したいのなら気をつけなさい。あなた、嘘が下手よ!」


 ズバッと言い残し、すぐ戻るわ、と部屋を出て行ってしまった。


 もしかしたらマリー様は、相手が殿下だって気づかれたかも…。どうしよう⁉


 一人で焦っていると、ノックが聞こえた。


「マリー…」


 様じゃない!


 現れたのはモスグリーンの制服に身を包み、にこやかに笑みを浮かべた金髪の男性。


「殿下⁉」


 慌てて立った為にガタッと椅子が音を立てたが、それすら気にする余裕はなかった。


「どうされたのですか⁉」

「どうしたなんて傷つくなぁ。今日が何の日か知っているでしょう?」


 アンリはソフィーに近づき、彼女の前でゆっくりと(ひざまず)いた。


「っ⁉」


 驚くソフィーに指輪のケースを差し出し、蓋を開けると中からルビーの指輪が現れた。


「ソフィー。君にこの指輪を貰って欲しい」


 ソフィーは息を呑んで真っ赤に輝く指輪を見つめた後、アンリに目を向けた。いつも自信に満ちた青い瞳が不安で揺らいでいるように見える。


 なんてこと…!まさか彼がこんな顔をするなんて。


「…こんな素晴らしい指輪を、私が頂いても良いのですか?」


 声が震えた。泣きそうだ。


「勿論!初めてこの指輪を見た時、君を思い出して一目惚れしたんだ。君にこそあげたいんだよ。貰ってくれるかな?」

「はい!喜んで」

「良かった!」


 安堵で顔をほころばせ、立ち上がった。


 真正面に立ったアンリは、ソフィーよりも少し背が高くて、ドキドキしてしまう。


「今日、他の男性達に囲まれて微笑む君を見て、胸が苦しくなった」


 右手をソフィーの頬に添わせ真っすぐに瞳を覗き込んでくるアンリの表情は、いつになく真剣で目を逸らすことができない。触れられた部分が熱かった。


「…そんなの、私だってそうです。私だってご令嬢達に囲まれる殿下を見るのはとても辛かった。アクセサリーだって、もう頂けないものとばかり…」


 アンリに抱きしめられ、言葉が切れた。抱き合うだけで今までの不安や嫉妬が消えていく。恥ずかしいけれど嬉しい。


 ソフィーもそっとアンリの背に両手を伸ばした。それを受けてアンリの抱きしめる力が強くなる。


 ずっとこうしていたい。


 短くも長くも感じた時間だった。


 ひとしきり抱き合った後、どちらからともなく手を離した。


「薬指に嵌めたいけれど、今日のところは我慢しておくよ。またいつか」


 ソフィーの左手を取り、そっと薬指に口づけた。慣れていないソフィーはそれだけで顔が真っ赤になった。


「ふふ。可愛い」

「恥ずかしいです」

「試合、君の為に勝つよ。当日は僕のことだけ応援して」

「はい!勿論です。絶対に勝ってください。…私の為に」



 照れながら言った最後の言葉に二人して噴き出した。


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