名門校で恋のビッグイベント
誕生日会が終わり、毎日のようにアンリから手紙が届く。花が一輪添えられ、手紙の最後は必ず「愛を込めて」で締め括られている。
読む度に顔がにやけてしまうので、部屋で一人の時に読むのが日課になった。
デートの誘いも毎回手紙だ。今まで魚釣り、美術鑑賞、演劇鑑賞、植物園へ出かけたりしたが、今度の誘いは王立学校の有名イベントである馬上槍試合の応援に来て欲しいというものだった。
そして今日は、試合前に行われる恒例のパーティーの日だ。
「おはよう、ソフィー」
「おはようございます。お母様」
メラニーは一カ月ほど前から王都へ戻って来た。お互いにまだぎこちないけれど時間が解決してくれるだろう。
「それは、殿下が贈って下さったドレスね」
「はい。私には勿体ないくらい上質なものをいつも下さるので、ドキドキしながら着ています」
「そんなことない。良く似合っているわ。いつの間にかこんなに大きくなって…」
辛そうに眉尻が大きく下がった。戻ってからごめんなさいを繰り返すので、その言葉は禁止にしている。そうでなければ今も言い続けただろうから。
確かに母が私を見なくなってから随分と経った気がする。
「私、お母様がいなくなって一人でも大抵のことは出来るようになりました」
笑うソフィーにメラニーが俯いた。
「でも、やっぱり社交は難しいです。改めてお母様のすごさを思い知りました」
予想外の言葉だったのかメラニーが戸惑った顔をしている。
「行きたくないと何度も思ったけれど、楽しそうにこなすお母様を思い浮かべて行き続けました。そしたらそんなに嫌いじゃなくなりました。友人もできたし、今では楽しみに思っているくらいです」
メラニーに近づき、正面に向き直った。いつも活発で血色の良かった母の顔に、今は疲れが滲んでいる。その手をそっと取り、目を合わせて微笑んだ。
「だから私はお母様に感謝しているのです。確かに傷ついたことも沢山ありましたが、あなたから貰った強さや明るさは今でも私を支えてくれています。辛いことにばかり目を向けないで。私はお母様の良い面もしっかりと学んでいますから」
「ソフィー…」
ソフィーに手を取られたまま、膝から床に崩れ落ちた。泣きじゃくるメラニーに、ソフィーも同じように膝を床についた。
つられて泣き出しそうになるのをグッと堪え、わざと明るい声を作る。
「ご令嬢のいるお家には挨拶の機会もあったのですが、そうでないお家はまだ挨拶が済んでいない方も多くて…。ですので、今日紹介して欲しいのです。泣いている暇などないですよ、お母様」
「……ええ、ええ、そうね。…ありがとう、ソフィー」
声を詰まらせながら頷くメラニーに、ソフィーも我慢できずに結局泣いてしまった。
その後、化粧が完全に崩れた二人に侍女達が悲鳴を上げながらも、何とか間に合ったのだった。
「学校内にこんな大きなホールがあるなんて、さすが名門校ね」
十メートルを超す天井には細工の施された木枠のアーチが幾つも掛かっている。同じく木製の机と椅子が縦長に三列並べられており、それを囲うように壁に沿って椅子がずらりと並べられている。
「生徒達が真ん中で、私達家族は壁際で見守るのね」
既に多くの生徒達が学生服を着て座っている。一目で王立学校の生徒と分かるこのモスグリーンの制服は令息達の憧れだ。学年ごとにネクタイの色が違い、左から一年、二年、三年の順で座っているようだ。
「学園長の挨拶や、生徒代表挨拶が終われば立食パーティーになるから、退屈だろうけどそれまで待っていて」
じゃあ、とジェレミーは席へと向かった。
それにしても、とソフィーは周りを見渡した。男性陣も女性陣も一様にソワソワしているのが分かる。
それもそのはず。
馬上槍試合は騎士の見せ場!ということで、好きな女性から貰った衣服やアクセサリー、小物などを身につけて試合にのぞむ者が多い。その為には片思い中の男性は、事前に告白をする必要がある。
つまり今日がその告白デーというわけだ。
学園においてもその文化を踏襲していて、ジェレミーは指輪を用意していた。
ソフィーもこの慣習を知っていたので昨夜は緊張でなかなか寝付けなかった。
寝られたと思えば、あんな酷い夢見だし…。あのクソ男、自分の子どもなのに何を考えているのよ⁉ それにエレーヌを信用して大丈夫かしら…?
「頭が痛いの? 大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと考え事を」
何気なく手を頭にやったところ、メラニーに体調不良と勘違いされてしまった。すでに家族席に腰かけており、後は始まりを待つのみの状態だ。
「そうよねぇ。緊張するわよねぇ。私も昔を思い出しちゃうわ」
メラニーはこのイベントでフィリップから指輪を貰って結婚したのだと言う。優勝した父はとても格好良かったのだとか。
…殿下は私に何か下さるかしら?
アンリはいつも手紙をくれるが、婚約はもとより、お付き合いをしているわけでもない。
はっきりとした形が欲しいなんて欲張りかしら? それより、殿下に貰ったドレスを着て来るなんて、期待していますよと言っているようなものかしら⁉
グルグルと脳内会話が始まり、学園長の挨拶など殆ど耳に入ってこなかった。
生徒代表は思った通りアンリだ。
見た瞬間にドクリと胸が鳴り、体が緊張してしまう。
壇上に立ち堂々と挨拶をするアンリは、やはり特別な人なのだと実感する。よく通る美声に今まで寝ていた人達も目を開け始めた。締めの言葉と同時に拍手が鳴り響く。
「皆様、これよりは立食パーティーです。どうぞご自由にお楽しみください」
司会者の言葉を聞くや、立ち上がり話し始める。お喋り好きはお国柄だ。生徒達がいたテーブルに次々と料理が用意されていき、あっという間に見慣れたパーティー会場に姿を変えた。
婚約者や恋人がいる令息達は即座に彼女の元へ向かう。このイベントでは誰にでも告白することが許されているので、手を出されないようガードしないといけない。
修羅場になることも多々あるが、退屈を嫌う貴族にとってはそれも醍醐味だ。
男性陣が群がり始めたのは、やはりマリーとジャンヌだった。格上の二人に堂々と告白できる機会などない。ここぞとばかりにアピール合戦が始まっている。
挨拶は暫く待ってからの方が良さそうね。
肝心のアンリに目をやると、こちらは令嬢達に囲まれて身動きが取れそうにない。応援しています、頑張って下さいという黄色い声が次々と耳に入ってきて、ソフィーはため息を吐いた。
やっぱりそうなるわよね。あの中に混じるのは嫌だし、こちらへの挨拶も後の方が良さそう。待つしかできないこの時間って地獄だわ。
そう思ったのも束の間、ソフィーの周りにも次第に人が集まり始め、口々に愛を囁き始めた。指輪、ネックレス、ブレスレット、イヤリング、髪飾り。次々とテーブルに積まれていく。
知らない人からアクセサリーなんていらないわ!片膝をつかないで!こっちが恥ずかしいじゃない!詩の朗読も止めて!
そんな内心は悟らせず、全てを愛想笑いでやり過ごした。
グレイヴィル家に取り入るには、今やソフィーしかいない。つまりこの人だかりは今までならエレーヌが対処していた男性陣だった。
ああ面倒臭い。まさか現実でもエレーヌがいた方が良かったと思うことになるなんて。ほんの僅かだったがそう感じてしまった自分をすぐに否定する。
今のなし!あり得ないわ!私一人で十分よ!
「どうもありがとう」
それからは人当たりの良い笑顔で対応した。まさかそんな表情を見せてくれると思わなかった男性陣は勝手に盛り上がり、増々アクセサリーが積み上げられていった。




