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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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24/88

§ エレーヌへの感謝

      §



 皆の心配を他所に、エレーヌの出産は無事に終わり、男児は「テオ」と命名された。


 その知らせはすぐに街中に広まりお祭り騒ぎとなる。

 金髪に青い瞳は王家の血筋を色濃くうつしており、赤ん坊ながら既に風格を感じさせた。


「テオ様こそ、この国に相応しい!」

「そうだ。あんな女の血が流れた子が第一王子だなんてやめてくれ」

「テオ様、万歳!」


 そんな声が大きくなっていった。演劇の題材でもこの題材は取り上げられ、当然エレーヌとテオを主役とするものだった。


 この声に後押しされるように、アンリはフィフィとの婚姻を白紙に戻し、すぐにエレーヌを王妃とした。


「あんたが王妃なんて、そもそもあり得なかったのよ。清々したわ」


 侍女は王妃でなくなったフィフィを突き飛ばし、笑いながら部屋を出て行った。


 小窓からは光が漏れていた。眩しさに目を細める。


 こんな美しい景色を見たのはいつぶりかしら。空ってこんなに綺麗だったのね。


 漸くこの日が来た。



 そんな彼女を待っていたのはアンリの冷酷な言葉だった。


「ソフィー・グレイヴィル。お前を謀反の罪により投獄する」


 身に覚えがなく、何を言われたのか理解できなかった。


 閉じ切った部屋に多くの貴族が集まる中、誰一人異を唱えなかった。その場にいたフィリップやジェレミーも目を伏せただけだった。


「…謀反など、しておりません」

「お前の部屋から他国からの密書が見つかったと侍女より報告を受けた。確認したところ確かに本物であった」

「違います!何かの間違いです」

「静かにしろ!」


 前のめりになったところを騎士が二人がかりで取り押さえる。


「その書類を見せて下さい!私ではありません。陛下!」

「お前には失望したよ。今まで王国の税金で暮らしてきたにも関わらず他国と通じるとは」


「お姉様!」


 閉じていたドアを開け、護衛を二人連れたエレーヌが入って来た。二人は罪人に近づこうとするエレーヌを止め、そっと彼女をアンリの横に座らせた。


「お姉様、どうして謀反なんて恐ろしいことを!」


 ハンカチで涙を抑えながら、アンリにすり寄る。


「違う!私はそんなことしていないわ」

「お姉様を信じていたのに。こんなことなら忘れ物がないよう侍女に部屋中を探させたりしなければ良かった」

「可哀そうなエレーヌ。残念だがこうなった以上、投獄は免れない」

「そんなっ!…でも仕方ないのよね。お姉様はそれだけのことをしてしまったのだもの…」

「お前のせいで今までどれだけエレーヌが心を痛めてきたか…」


 泣き出す彼女の背中をさすりながら、ソフィーを睨みつけた。


 私はやっていない。その言葉を言うのがどれだけ無駄かを思い知る。


「牢で反省でもしていろ。それから、お前は既にグレイヴィル家の人間ではない。よって本来なら処罰対象のお前の家族は全員無実とする」

「陛下。ありがとうございます」


 エレーヌが涙声で感謝の意を述べ、フィリップとジェレミーも跪いて頭を垂れた。


 お父様、ジェレミーまで。どうして…。


「…私は、偽の罪で投獄されるほど何か悪いことをしましたか?」


 アンリはこちらを見もせず「連れていけ」と騎士に言い放っただけだった。




 地下牢には窓一つなく、牢の外の蝋燭の灯りだけが唯一の光だった。


「お姉様!」


 暗い部屋に似つかわしくない明るい声。


 エレーヌ…。両膝に顔を埋めたまま、声の主を見る気にもなれない。


「お姉様。まさかこんなことになるなんて。最後までお姉様はいつかお心を入れ替えて下さると信じていたのに…」


 まるで裏切られたかのような彼女の言い草に反論する気もおきない。


「ジョルジュのことなのだけれど…」

「ジョルジュ⁉ ジョルジュが何⁉」


 そこでやっと顔を上げた。相変わらず着飾ったエレーヌの後ろには、暗さで顔の見えない騎士二人が護衛として立っている。


「お姉様のせいで、小さなあの子が宮殿から追い出されるかもしれないわ」

「そんな!どうして⁉」

「だって結婚が白紙となったという事は、ジョルジュは私生児になるかもしれないでしょう?」

「私生児ですって⁉ あの子は正真正銘、陛下の御子よ!」


 気づけば立ち上がって鉄格子を掴んでいた。きゃっとエレーヌがそれに驚き、一歩後ろに下がったのを見て、騎士が彼女を背に隠した。


 ソフィーは騎士など目に入らずにエレーヌに叫びつけ続ける。


「ジョルジュはどうなるの⁉ あの子は陛下の子どもなのよ⁉ エレーヌ、あなたも知っているでしょう⁉」

「お姉様、怖いわ!そんなに怒鳴らないで。だって皆が言うのよ、ジョルジュは陛下に全然似ていないって。髪の色も赤いし、目の色だって…。だから別の方との子どもの可能性も否定できないと言うの。お姉様、公務もせずにずっとお部屋に籠りっきりだったでしょう?」

「そんなっ」


 背筋が凍った。陛下がどれだけ自分を嫌っていてもジョルジュは大切な子どもとして扱ってくれると信じていた。私生児という事は認知をしないということ。


 ではあの子はどうやって生きていけば良いの…?


 立っていられずに、ずるりと体が地面に崩れた。


「可哀そうなジョルジュ。神道院行きかしら? 私も心が痛いわ」

「…お願い、エレーヌ!あの子を助けて」

「お姉様が悪いのよ? 本当に分かっているの?」

「謝るわ!謝るから!お願いエレーヌ。お願いします!どうかあの子を助けてっ。あなたから陛下に助言してくれれば、きっと陛下だって考え直して下さるわ!ねえお願いよ、エレーヌ!」


 泣きながら必死で縋った。もうエレーヌしか頼る人がいない。


「お姉様…。そこまで言うのなら分かったわ。私からも陛下にお願いしてあげる」


 エレーヌが天使のように微笑んだ。


 ああ、エレーヌ。


「ありがとう、エレーヌ。ありがとう…」




 初めて心の底からお礼を言った。まさかその相手がエレーヌだとは夢にも思わなかった。安堵で涙が止まらなくなり、暫くその場を動けなかった。



 §


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