§ 暗闇
§
体調を崩しベッドに寝込んでいると、アンリが訪ねてきた。
えっ、と上体を起こそうとするも起き上がれない。彼がこの部屋に来るなんて初めてだ。相変わらず蔑んだ瞳をこちらに向けてくる。見舞いでないのは明らかだった。
「そのまま聞け。エレーヌが妊娠した」
「……」
「エレーヌから聞いているだろう。彼女がどうしても早く君に伝えたいと言うのでな。君のような人間を気にかけ続けるなんて、彼女の大きな包容力には感心するよ。きっと良い母親になるだろう」
エレーヌのことを語るアンリの表情は嬉しさで溢れていた。ソフィーが妊娠した時には見せなかった顔だ。
「それで、君の今後だが」
いよいよだ。やっとここから出られる。
穏やかな心で次の言葉を待った。
「エレーヌの子どもが無事に産まれるまで、君は今まで通りここで生活するように」
ガンと強く殴られた気になった。
…は?
今、何と言ったの?
「エレーヌの体が弱いことは知っているだろう。子が無事に産まれる保証はない。君には保険として産まれるまでここにいてもらう。その間に書類仕事の引継ぎをしろ」
妻である私の前で堂々と愛を囁き合って、子まで身籠らせたのに…?
保険としてだなんて…。
そもそも、ジョルジュを産んだ時点で、解放されても良いはずなのに。それでもここに縛られたのは体裁を保つ為だ。子を産んですぐに追い出したなんて、自分達への非難に繋がりかねないから…。
…私はどこまで馬鹿にされればいいの?
「不満か? まさか今までエレーヌに公務の肩代わりをさせていたこと、忘れた訳ではないだろうな。彼女は健気に頑張ってくれているのに、感謝の気持ちもないのか⁉」
ぎろりと睨まれ、怒りはすぐに絶望に変わる。王太子から国王に変わった今、彼に逆らえる者はいない。
「…わかり、ました」
「分かったならいい。エレーヌはこれから大変になるだろう。会うのは禁ずる。勿論ジョルジュにもだ」
はい、と言う彼女の返事はか細すぎて聞き取れなかっただろうに、アンリはさっと踵を返し部屋を出て行った。
小窓には暗闇だけが映り、まるで救いなどないと神にさえ見放された気になった。
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