カトリーヌの指輪
ソフィーはベッドの中でオスベル帝国の原書を読んでいる。
霧の街中。どんよりした空。小人が住んでいそうな可愛らしいレンガ造りのお家。紅茶とスコーン。ともに魔物を倒す皇帝と聖女。挿絵だけでも胸がときめいた。
いつか絶対にこの目で本物を見たい!
ふと最後のページを見て、手が止まる。
「これ、おばぁ様から貰った指輪だわ!」
妖精達が聖女に与えている指輪は、ソフィーが持っているエメラルドと瓜二つだった。引き出しに仕舞ったそれを取り出し、見比べてみる。
「やっぱり、そっくり!」
残念ながらこの本では、魔物退治の褒美にこの指輪を贈られたというだけで、詳細は不明だ。
だが古くから指輪は不思議な力を持つという。
「これも妖精がくれたものなら、いいのに」
あり得ない妄想なのに、考えただけで胸がときめいた。
指輪をくれた祖母カトリーヌは、ソフィーが五歳の頃に亡くなった。
赤ん坊の頃、夜泣きがひどくてカトリーヌの屋敷に預けられていたのだという。エマは最初、カトリーヌの侍女をしており、彼女の死後にソフィーの侍女となった。侍女と言っても十歳を過ぎたばかりの、随分と可愛らしい侍女だったけれど。
ソフィーは本をベッドの脇に置いた。ぼうっと天井を眺める。
まさかベル様が神道院に入ってしまうなんて…。
成人まで後数年。妄想に耽るのもいいが、そろそろソフィーも将来を真剣に考える年だ。
「隣国の姫と——」マリーの言葉が蘇る。
何度か一緒の時を過ごしてみると、夢のアンリと現実のアンリはどうしても結びつかない。だから彼に惹かれる気持ちが、ないと言えば噓になる。
でも完璧な王子様には、相応しいお姫様がいるに決まっているわ。ちょっと優しくされたからって、勘違いなんてしちゃ駄目よ!
気持ちを振り払うように、大きく首を横に振った。
この国では宗教上、離婚ができない。
教会の許可を得て結婚を白紙に戻すことはできるが、これも殆ど却下される。つまり結婚相手は真剣に吟味する必要がある。
…もし自由に相手を選べたとしたら、フィフィなら誰を選ぶかしら?
エレーヌが妊娠したんだし、もうすぐフィフィの結婚は白紙になるはずよね? どうせフィフィのせいにされるんでしょうけど。
でも、やっとあの牢獄のような宮殿を出られるわ…。
うと、といつの間にか目を閉じていた。




