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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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19/88

昔の友

 ライアンにはコリンヌを送るよう伝え、マティスとともに城へと向かっている。帰りの馬車の中で、アンリは幸せに満ち溢れた二人の事を思い出していた。


 絶対に幸せにすると言ったライアンの決意に満ちた顔と、幸せを確信して止まないコリンヌの顔が、交互に浮かんでくる。照れ屋で誠実な彼と、しっかり者の彼女。


 友として幼い頃から支えてくれ、時には助言を、時には叱咤をしてくれた彼は、しかし前の人生においてアンリを裏切ったのだった。

 アンリだけではない、幸せにすると誓った彼女をも…。



 前の人生…。その記憶はどれを取っても、アンリを暗澹(あんたん)たる気分にさせた。



 コリンヌと結婚し、幸せな家庭を築いていたはずが、エレーヌとの出会いが彼を変えてしまった。


 ライアンは初心だった。エレーヌが彼を落とすのは、造作もなかっただろう。

 彼に他に女性がいると知ったコリンヌは精神を病み、回復することはなかった。それ以来、彼は後悔とともに生きることになる。



「人間とは分からないものだな」


 アンリの胸中など知る由もないマティスはベルの事だと思ったらしい。


「ああ、ベルですか? 我が家に来た時から私と同じく熱心なレジリオ教の信者でしたので」

「そう言えば、彼女は養子だったね」

「はい。ですが家族全員ベルを可愛がっています。神道院に入ってしまうのは寂しいですが、彼女なら神の教えを広げられるでしょう」

「そうか。マティスが言うなら、そうなのだろうね」


 真面目過ぎるほどに真面目で噂に惑わされずに物事をよく見る男だ。もし、前の自分が彼のようであったなら…。

 考えても(せん)無いことだ。



 今度こそ、幸せになれるといいな。



 顔を出した月を見ながら、昔の友に語り掛けた。


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