別れの挨拶
「やあ、皆様。お揃いですね」
自分達も通って来た唯一の出入口に、騎士服を着た男性が立っている。長い髪を後ろで綺麗に結び、立ち姿にも隙がない。
彼はお話し中に失礼、と丁寧に頭を下げた。
「マティスお兄様。どうなさったの?」
ベルが近寄っていき、何やら話をしている。
こちらはこちらでヒソヒソと会話が始まった。
「マティス様だわ。近衛騎士団の副団長をされていらっしゃるのよね」
「あの若さでもう副団長に?」
「とても真面目で上司からも部下からも慕われていると聞くわ」
「王家に身を捧げる為、ご結婚の意思もないとか」
さすが貴族のご令嬢達。適齢期の見目好く地位もある男性の情報には殊更詳しい。
「皆様。お兄様達もご一緒させて頂いても宜しいかしら?」
「ええ、勿論ですわ」と返答すると同時に、入り口から見慣れた顔が入って来た。
アンリだ。
皆、驚きながらも一斉に立ち上がり、その場で頭を下げた。
今までの話を聞かれていないといいけれど…。全員いつもより口角を引き上げている。人は何かを誤魔化す時は、笑ってしまうものだ。
「ご令嬢達の集いだったのに、突然失礼してしまったね」
「とんでもございません」
「実はコリンヌ嬢とライアンが婚約したと聞いてね。ちょうどマティスの家で集まっている言うものだから、ライアンを連れて冷やかしにね」
茶目っ気たっぷりの殿下の斜め後ろには、照れて俯き加減の男性がいる。
「ライアン!」
コリンヌが思わず叫んだ。二人を見比べ、集まった全員が笑顔になる。
「この方がライアン様なのね。お似合いだわ」
「お会いできて嬉しいです」
「おめでとうございます」
令嬢達に口々に声を掛けられ、金髪の少年は増々顔を伏せた。こういう場は苦手らしい。他の令嬢の顔は見ないのに、コリンヌの顔だけはしっかりと見て、照れ合う二人が微笑ましい。
「ライアンは僕の昔からの友でもある。コリンヌ嬢、彼のことを宜しくね」
「勿論です!誠心誠意、彼を支えるつもりです」
「ライアン、こんなに頼もしい婚約者がいて君は幸せだね。絶対に裏切ってはいけないよ」
「当たり前です!彼女の事はきっと俺が幸せにしてみせます」
顔を赤くしながらではあったが、男らしく言い切ったライアンに女性陣から歓声が上がった。
「さあさあ、では二人を祝して乾杯とでもいきましょう」
配られたグラスを片手に二人の未来に乾杯し、その後は飲んで食べて話が尽きることがなかった。空が薄暗くなった頃に、ベルが話を切り出す。
「皆様、本日はお越し頂き、有難うございます。コリンヌ様、ライアン様。我が家にてお二人の祝福が出来たことを大変光栄に思っております」
コリンヌとライアンも、ホストのベルとマティスに礼を言った。
「私事なのですが、実は神道院に入る決意を固めました」
締めの挨拶だと思っていたので、突然のベルの告白に一同の動きが止まる。
「神道院、ですか?」
通常、貴族の女性が神道院に入るのは結婚に必要なお金が準備できない時だが、ローレン男爵家に限ってそれはあり得なかった。
「なぜです?」
「私、生涯を神に捧げたいのです。父や母、兄達にも了承を頂きました。本当に感謝しております」
最後の言葉はマティスに向けられていた。彼は何も言わなかった。彼の胸にも熱心なレリジオ教の信者の証であるネックレスが光っている。
「こうして皆様に出会わせて下さった事や、楽しい時間を過ごさせて下さった事。感謝してもしきれません。その気持ちを神にお返ししたいのです」
ベルの言葉には不安や迷いを微塵も感じない。清々しい潔さだった。その為か引き留めの言葉を言う者は誰一人いなかった。
「皆様のこれからに幸あらんことを」
別れの挨拶にしては簡潔な、ベルらしい一言だった。




