令嬢達の集い
最近は、エレーヌの事を思い出す暇もないくらいにパーティーへの参加で忙しい日々を送っている。
昼食会以降、人間関係を築いておく大切が身に染みた。
あの時は運が良かっただけで、ソフィーが非難されてもおかしくなかった。実際ベルがいなければ、そうなっていたはずだ。
「やっぱり赤毛のせいで気が強く見えるのかしら。もっと柔らかく、しなやかになりたいわ。目指すはベル様よ」
そう言ってローレン男爵家から届いた招待状を、エマの目の前で翳して見せた。
ローレン男爵家は由緒正しい家柄だから、きっと多くの令嬢達が集まって来るに違いない、というソフィーの予想は早々に外れた。
集まったのは精々十人くらいの少人数で拍子抜けする。
背丈程もある緑の生け垣に囲まれた、秘密の花園のような空間に、大きなテーブルが一つ。それを取り囲むように座る。ジャンヌやマリーの姿もあった。
「本日は、極々親しい方々だけの集まりにしましたの。ご参加くださり有難うございます」
相変わらず落ち着いた声でそう挨拶したベルは、黄色の薔薇模様のドレスに身を包んでいる。
親しい方だけと言うが、顔ぶれを見る限り上位貴族の令嬢が集まっている。
「気安い会ですので、ご自由にお寛ぎくださいね」
にっこりと皆を見回し、お菓子を勧める。繊細で可愛らしい植物柄の食器にベルらしさを感じた。
外から様子を覗けない自分達だけの空間は、話が弾みそうだ。
微かに花の甘い香りもしてくる。
「ソフィー様のその指輪、とても素敵ですわ」
ソフィーはつられて薬指を見た。緑色の指輪が存在感を放っている。エレーヌがいる時は隠していた、大好きだった祖母の形見だ。
ジャンヌが指輪を覗き込んだ。
「あら、エメラルドの中に、変わった形の気泡が…」
「ええ。中に渦巻き模様の気泡があるのです。天使や王冠などの模様ならもっと良かったのですが」
「渦巻き模様の気泡なんて見たことがないし、それほど大きいなら十分に貴重な品よ」
「ありがとうございます。皆様の装いもとても魅力的で、見入ってしまいますわ」
そこからは衣装の褒め合いだ。お世辞ではなく、惚れ惚れするほど皆センスが良い。こだわりや流行を知ることができて勉強になるしワクワクする。
「それにしても、昼食会では災難でしたわね」
「皆様にまでご迷惑をおかけしてしまって…。ベル様、あの時は庇って頂き、本当にありがとうございました。とても心強かったですわ」
「当然です。全く男性陣の愚かさときたら。今思い出しても腹が立ちます。でも最後はすっきりしましたわ」
怒ったかと思えば、次は笑ってみせる。こういうところが魅力的だ。
「殿下が帰られた後で、本当に良かったですわね」
ソフィーはそこで初めてアンリが帰っていたことを知った。もしあの場面に彼がいたら、一体どちらに付いたのだろう。
「ところで、殿下と言えば、昼食会ではソフィー様ととても親しかったとか」
「私も見ましたわ。あんなに長時間お一人とお話されるなんて今までなかったです。何をお話されていたのですか?」
うふふ、と楽しそうに聞いてくる。
「特別なことは何も。ただ我が領地の特産物に興味をお持ち頂いたようで、そのお話をしていましたの」
「まぁさすが殿下。勉強熱心ですわね」
「グレイヴィル侯爵領は特産物が多いですものね。話が弾むのも納得です」
色気のある話ではないと悟ったのか、その後は自然と恋話へと話が移っていく。
「あの、ベル様が開いて下さった場で言うことではないかもしれませんが、実は私、ライアン様と婚約したのです」
コリンヌが頬を染めた。
「まぁシャルル伯爵家の?」
「はい」
「素敵」「おめでとう」と口々に祝福する。出会いは? お相手はどんな方? そこからは質面攻めだ。コリンヌは終始照れ笑いを浮かべ、丁寧に答えている。
幼少期からの婚約なら政略結婚だが、この年なら恋愛を経ての婚約かもしれない。少し前までは政略結婚が当たり前だったのに、最近ではあからさまな政略結婚は顰蹙を買うようになった。
「あなたはとても運がいいわ。もう運命の相手に出会えたなんて」
「あらマリー。あなただってお誘いが多くて困ると言っていたじゃない」
隣のジャンヌが茶化す。長い金髪を一つ結びにした彼女はまるで神話の女神のようだ。
「お誘いは多いわよ。当然でしょう」
嫌味に聞こえないのがすごい。マリーはホットチョコレートを一口飲んで、音も立てずに置いた。優雅な所作に見入ってしまう。
「でも私の目に留まる男がいないの。私、軟弱な男は嫌いだから。強くて勇ましくて獰猛でないと」
「…貴族にそんな男性いるかしら?」
ジャンヌが呆れたように目を宙にやった。
「探すの。私は理想の男性に出会うまで結婚はしないわ。お父様にも言ってあるの」
なぜだがその時のマリーを簡単に想像できた。言われてみれば、この家は兄弟こそ多いが長男以外は画家や詩人等、自由人が多い。
「それまでに皺くちゃにならないといいわね」
ふふふ、と周りからも笑みが漏れる。
「うるさいわね。ジャンヌこそどうなの?」
ケーキを切っていた手を止め、そうねぇ、と思案顔になる。皆も興味津々という様子で同じように手を止める。
「私は、お父様にお任せするわ。元々それほど男性に興味もないし。それなら家の為になった方がいいでしょう」
さらりと靡く長いおくれ毛を片手で抑える様が、何とも美しい。
「あなたって本当につまらないわ」
「余計なお世話よ。私はあなたと違って割り切っているの」
「そんなこと言って、不細工で面白味もない男と結婚させられても知らないわよ」
ついつい二人を見比べてしまった。
公爵家同士でもこんなに違うのね。面白い。
「お二人は殿下とは幼馴染なのですよね。幼少期の殿下はどのような感じでしたの?」
令嬢の一人が尋ねると、私も知りたいです、と周りから次々に声が上がる。その視線を受け、マリーがさして興味もない様子で話す。
「昔から大人びていたわ。まるで子どもの振りでもしているのではないかと感じることもあったくらい」
「そうね。確かに子どもらしくはなかったわね」
マリーの意見にジャンヌが同意した。
「やはり王太子ともなると幼少期から自覚が芽生えているのですね」
「どうかしら」
マリーはチョコレートを飲むことで以降の言葉を切った。
令嬢達は気づかずに盛り上がる。
「陛下も恋愛結婚を認めていらっしゃるとか。完璧な殿下のハートを射止めるのは一体どんな女性なのでしょうね」
「きっとジャンヌ様やマリー様のように素敵な方に違いないわ」
「私のタイプではないわ」
きっぱりとマリーが言い放つのを、皆は冷や冷やしながら苦笑いで受け流した。
空気を変える為か、唐突にベルから質問が飛んでくる。
「ソフィー様はどんな方が殿下に相応しいと思われます?」
「…私、ですか? そうですね。殿下のお相手などを私が想像するのはおこがましいですが、どのような方であっても殿下を愛し、この国や民を思って下さる方ならいいな、と願っておりますわ」
我ながら無難な返事が出来たと思う。
「確かにそうですわね」
「素晴らしいご意見ですわ。さすがソフィー様」
何とか及第点には達しているようでホッと隠れて息を吐く。焦った…。
「実際、殿下はどのような方がお好みですの?」
ベルがジャンヌとマリーに尋ねる。ソフィーも気になった。他の令嬢達も同じく真剣な様子で二人の言葉を待つ。やはり一縷の望みは持っているようだ。
「聞いたことないわね。どんな美人と会っても同じ態度だし、興味がないのかもしれないわ」
「そうね。でも隠すのがお上手だから、案外もう意中の方がいらっしゃったりして」
ジャンヌは令嬢達の顔を見回し、含みを持たすように扇子で口元を隠して笑った。
「もしそうなら、殿下に思われるなんて、その方は幸せね」
「本当!羨ましいわ」
「いるかもね、というだけの話よ。誤解しないでね」
「でも一番可能性が高いのは、やはり近隣国の姫君を娶ることでしょうけどね」
マリーの言葉になぜかズキンと胸が痛んだ。どう考えたってそれが国にとって最良だ。理解しているのに、今までの楽しい気分が急に消えてしまった。
「それはそうですわね。責任感の強い方ですもの。私情より国を優先されてもおかしくないですわ」
「いつも国を思って下さる王家の方々には感謝しかないです」
皆が頷いたところへ、少し離れた場所から声がした。




