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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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15/88

§ 妊娠

         §



 牢からは数日で出ることとなったが、ソフィーにとっては部屋も牢獄も変わりがなかった。


 今ではエレーヌという女神を苦しめる魔女とまで噂されている。街中では聖女のようなエレーヌと、髑髏のような形相のソフィーが対をなしたポスターが貼られているのだと、侍女がわざわざ見せてくれた。エレーヌには光が当たり、ソフィーの背景は真っ黒だった。



 ジョルジュとは一度も会えていない。もう会えないのだろう。


 一人だけ付けられた侍女は、世話をすることはなく完全に監視役だ。毎日のように陰口を叩かれながら書類に向き合うだけの日々。

 もうとっくに心は死んでいた。


 窓は開かないので飛び降りることは出来なかった。どこかで餓死しかないと思っていたのかもしれない。食事が喉を通らず体がふらつく為、ベッドで寝ることが多くなった。きっと今の私はあのポスターと同じような顔をしているのだろう。



「お姉様、また体調を崩されたのですって? 私、心配だわ」


 エレーヌがベッドの近くの椅子に腰掛け、ソフィーの顔を覗き込む。

 侍女達が大げさにエレーヌの優しさを褒め称えた。


「エレーヌ様、ソフィー様の代わりにお茶会や舞踏会に参加されてお疲れなのに、毎日のようにソフィー様を見舞われて…なんてお優しいのかしら」

「本当。本来ならソフィー様のお仕事なのに」

「そんなこと言わないで。困っている人がいたら助けるのは当然だわ」

「エレーヌ様。まるで聖女様のようだわ」


 ニコリと微笑んでその言葉を受け入れ、やつれ切った姉の手を取った。


「お姉様。私ね、今日はお伝えしたいことがあるの」

「…何かしら?」


 力が入らない。しわがれた声になる。


「私ね、アンリとの間に子どもができたの」

「…は?」


 頬を染め嬉しそうに話すエレーヌの言葉が理解できなかった。


 …子どもができた?


 子どもができないから、その為だけに私は王太子妃にさせられたのではないの…? 

 今までの私の苦痛の日々は一体何だったの…?


 声が出ない。代わりに涙が溢れてきた。


「まあお姉様。そんなに喜んで下さるなんて私、嬉しい。アンリもとても喜んでくれているの。私との子が嬉しいんですって。私、今とても幸せなの」


 エレーヌが何かを話し続けているが、歪んで聞こえる為に内容が入ってこない。


 ああ、でもこれで救われるのかもしれない。きっとこれで解放される。



 ぼやけた白い天井がぐにゃりと歪み、そのまま意識を手放した。



        §


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