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夢見がち令嬢と狼の牙  作者: 松原水仙


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昼食会での不作法

 会話を遮るのはマナー違反なんてことを忘れてしまうくらい、息を呑む程の美少女がアンリの後ろに立っていた。


 ピンク色のドレスを身に纏い、クルクルと巻いた髪にも同じピンクの大きなリボン。普段よりも華やかな衣装からは、彼女の気合いが伝わってくる。


「失礼しました。王太子殿下にご紹介いたします。妹のエレーヌ・グレイヴィルです」

「アンリ王太子殿下にご挨拶致します。エレーヌ・グレイヴィルです。お初にお目にかかります」


 頬を染め満面の笑みでする挨拶はマナー通りに美しく、ソフィーは驚いた。


「…ああ。アンリ・リシャールだ。初めまして」

「私、アンリ王太子殿下に会うのがずっと夢でしたの。まさかお会いできるなんて光栄です」

「可憐な花にそう言って頂けて光栄です」


 にこやかに話すアンリとエレーヌはおとぎ話の王子とヒロインそのもので、ソフィーは思わず見惚れた。


 なんてお似合いなのかしら。

 決して卑屈になった訳ではなく純粋にそう思った。


「あの、もしよろしければ私ともご一緒して下さい」


 ソフィーとアンリの間に入り込んだエレーヌの瞳には、完全にアンリしか映っていない。


「それでは私は」


 これで、と言い終わらない内に、アンリが遮った。


「今はソフィー嬢と話している最中なんだ。またの機会にね」


 柔らかい話し方なのに冷たく聞こえた。エレーヌはえっ、という顔をして呆然とアンリを見ている。断られるとは露程も思っていなかったのだろう。ソフィーも同じだった。


 エレーヌを拒絶した? もしかして好きな子の気を引くためにわざと冷たくするっていうアレかしら。それとも男性陣に囲まれるエレーヌに嫉妬した? 案外幼稚なことするのね。


 ソフィーは呆れた。


「ソフィー嬢。少し歩きましょう」


 自然と横を歩くよう促され、つい従った。エレーヌをその場に置き去りにし、二人で薔薇を眺めながらゆっくりと進む。


「今日は本当に楽しかった。何よりソフィー嬢に会えたことがとても嬉しい」


 嘘のない笑顔にドクンと胸が高鳴った。ソフィーも同じく楽しんでしまっていた。


 相手はあのアンリよ‼どうせエレーヌとくっつくんだから‼

 何度も自分に言い聞かすけれど、勝手に頬が熱くなる。


「そのように仰っていただけて光栄です」

「社交辞令ではないよ」


 軽くかわそうとしたのに、真剣な声がそれを許さなかった。おかげでアンリを直視できない。


「次はこちらから誘ってもいいかな?」


 まさかの誘いに、思わず頷いてしまった。


「良かった!じゃあ名残惜しいけれど、今日はこれで。独り占めしてしまってごめんね」


 そんなに嬉しそうに笑わないで。勘違いしそうになるじゃない。

 アンリの姿が見えなくなってからも、暫くはドキドキと胸が早かった。


 挨拶が済んでいなかったご令嬢達への声かけをして一息ついた頃、いつの間にか目の前に立っていたエレーヌが、急に泣き出した。


「酷いわっ、お姉様!」


 え、と驚く。周りの参加者達も何事かと一斉にエレーヌに注目した。


「どうしていつも私に意地悪ばかりするの⁉」


 先ほどの男性陣がエレーヌを心配して集まってきた。


「エレーヌ嬢。大丈夫かい? どうしたんだい」

「やっぱり姉に虐められているんだね。可哀そうに」

「ああ、泣かないで」


 口々に慰め、エレーヌを取り囲んだ男達がキッとソフィーを睨みつける。


「いい加減にしろ。エレーヌ嬢が可愛いからって嫉妬するなんてみっともない」

「そうだ。こんなに可愛いエレーヌ嬢に嫌がらせなんてよくできるな」


 まさか我が家の昼食会でこんな不作法があろうとは。

 頭が痛くなった。


「一体、私が何をしたと言うの?」

「惚けるな!階段から突き落としたそうじゃないか!」

「エレーヌ嬢の物を盗んだだろう⁉」

「それに、あることないことエレーヌ嬢の悪口を皆に吹き込んでいるって聞いたぞ」


 あることないこと吹き込んでいるのはエレーヌの方でしょう。今日、ご令嬢達と話した時、少し壁を感じたわ。きっと以前の会であなたが何か言ったのよね?


 被害者面して皆を味方につける、いつものパターンに辟易する。


 見る目のない馬鹿どもが。


「何か誤解があるようだけれど、今日私は一度たりともエレーヌのことを話題にしたことはないわよ?」

「嘘を吐くな!」


 ソフィーが言い返すより先に、後ろから声が降って来た。


「あら、本当よ? 私達とお話しした時、一度だってソフィー様からエレーヌ様のお名前は出なかったわ」


 どこかで聞いたことのある、やや低い声。


「ベル様⁉」


 ベルの登場に周りがざわつく。男爵家ながら代々続く由緒正しいお家柄は皆の知るところだった。


「疑うのならジャンヌ様やマリー様にもご確認下さいな」


 ねっ、とベルはソフィーにウインクして見せた。


 この状況でまさか自分に味方してくれる人がいるなんて…。ソフィーは信じられない気持ちでいっぱいだった。

 これだけ多くの人達が集まったパーティーだ。ソフィーが別の人間にエレーヌの悪口を吹き込んでいる可能性だってある。一人でも悪口を言っていたという人間が出てきたら、ベルまで非難されてしまうのに。


 そんな中でソフィーの味方をするのはどう考えても不利だった。


 それでも庇ってくれたんだ!


 今までエマ以外に信じてもらえなかったソフィーは泣きそうになった。


「私達とお話下さった時も、エレーヌ様の話題など一度も出ませんでしたわ!」

「私達もです!」


 他の令嬢達も次々と賛同してくれた。ベルが味方してくれなければ、こんなことはあり得なかった。


 ベル様…有難うございます‼


 信じてくれる人がいるだけで、こんなに強い気持ちになれることを初めて知った。


「じ、じゃあ別のパーティーで言ってたんだろ⁉」

「あら、私、パーティーに参加するのはこれが初めてですのよ? おかしいわね。一体いつあることないこと吹き込めたのかしら?」


 これでもかと口角を上げて目を細めると、男性陣は途端にたじろぎ始めた。話が違うじゃないか、等と言い合っている。


「ノーマン、何をしている⁉」


 ふいに割って入った力強い声が喧噪を止めた。目の前でソフィーを糾弾している男の父親らしい。


「お父様、これは…。少し誤解があったようで…」

「誤解だと⁉ 誤解があろうとなかろうと、何人もの男が一人の女性を糾弾するなど、恥を知れっ!」


 一喝され、男達は全員ビクリと肩を震わせた。誰一人顔を上げようとしない。ノーマンと呼ばれた男は父親の手で無理やり頭を下げさせられ、引っ張られるように帰っていった。

 蜘蛛の子を散らすように他の男性陣もいなくなった。いつの間にかエレーヌの姿もない。


「何だったのかしら?」


 令嬢達は事の一部始終を見終わった後、顔を見合わせて笑い合った。


「皆様、先程は助けて頂き、ありがとうございました」

「何を言うの!当たり前よ。あんなの言いがかりも甚だしいわ」

「そうよ。あの方、スミス伯爵家の八男よ。お兄様達はとっても優秀だと聞くのに」

「あれでは放っておかれても仕方がないわ」


 いつの間にか令嬢達の間に、おかしな絆が芽生え始めていた。それに、男達に目が行き、エレーヌの影が薄くなっている。


 彼に感謝しないと。エレーヌの恥は、我が家の恥でもあるから。


「皆様、本日のお詫びとお礼を兼ねて、また改めて会を催したいと考えています。次はぜひ私達、女性陣だけで」


「まぁ、いいわね」「名案だわ」「楽しみ」と同意の声が相次いだ。色々あった昼食会もこうして何とか幕を閉じたのだった。


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