§ 出産
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結婚して以降、アンリが閨の儀以外でソフィーの元を訪れることはなかった。それは妊娠してからも変わらず、孤独の中で命がけの出産に挑むことになった。
難産ではあったが、国一番の医者がついていたこともあり無事に男の子を出産した。ぎゃあぎゃあと泣く元気な子だ。
あぁ、私の子…。
赤ん坊を見た瞬間、安堵と愛しさで胸がいっぱいになり、自然と涙が溢れた。何年かぶりの喜びの涙だった。
けれど、一度も触れさせてもらうことなく、すぐにどこかに連れていかれそうになる。
「待って!どこへ行くの」
「お教えできません。この御子は王家の後継ぎですので」
医師達は呆然とするソフィーを一人残し、赤ん坊を抱いて連れ立ってどこかへ行ってしまった。
以来、遠目に一、二度見かけることしかできていない。
それから数年が経った。彼はジョルジュと名付けられたようだった。
ジョルジュはもう三歳ね。姿を見ることすら出来なくても元気に生きてくれているだけでいいわ。
ジョルジュのことを考えるだけで今までの陰鬱さが嘘のように晴れた。
今は彼の為に刺繡をしている。渡せるはずなどないけれど、それでも彼の為に何かをしている時間は幸せだ。
「ソフィー様。部屋に籠っていては気に触れます。散歩でも如何ですか?」
いつも自分に嫌がらせをしてくる侍女が、急にそんなことを言い出した。
「…散歩、ですか?」
「はい」
「でも必要時以外に部屋から出ることは禁じられているのでは?」
「はい。しかし、エレーヌ様の計らいでジョルジュ王太子殿下を遠目に見る許可がおりました」
「っ!本当に⁉」
ジョルジュに会える…? 信じられない。今まで一度も会えなかったのに。
ソフィーは心が躍り思わず椅子から立ち上がった。
「ちょっと待ってちょうだい。すぐに着替えを」
「必要ないです」
侍女はそう言ってさっと部屋を出ようとする。ソフィーは置いていかれないよう早足で後を追った。
心臓がトクトクと早い。まさかジョルジュに会えるなんて。
侍女が案内したのは宮殿内の裏庭だった。
「うふふふふ」
エレーヌの笑い声が聞こえる。
ジョルジュは、ジョルジュはどこ?
高い生け垣のおかげで姿を探すのに手間取る。
逸る気持ちのソフィーが目にしたのは、エレーヌとアンリの間で笑うジョルジュだった。
あぁ、ジョルジュ。やっと会えた。私があなたの母よ!
手を伸ばしかけたその時、ジョルジュが叫んだ。
「ママァ」
しかし、ジョルジュの目の前にいたのはアンリと仲良く座り込んでいるエレーヌだった。
よちよちとした足取りで嬉しそうにエレーヌに抱きつく。
「あら、ジョルジュ。ママって上手く言えたわね。お利巧さんね」
「ジョルジュ。君は本当にママが好きだね」
楽しそうに笑い合う彼らはどこから見ても仲の良い本当の親子そのものだ。
やめて…!何を言っているの⁉ ジョルジュの母は私よ!あの子のあの赤毛が何よりの証拠。
「ジョルジュ!」
気づくと走り出していた。抱きつこうとしたところを騎士に取り押さえられ膝をつく。
「放して!ジョルジュ!私があなたの母よ!ジョルジュ!」
何度も叫ぶが、突然のことにジョルジュは困惑し、より一層エレーヌに強く抱きついた。
「大丈夫よ。ジョルジュ。怖かったわね」
よしよし、とエレーヌがジョルジュの頭を撫でる。
「止めて!ジョルジュに触らないで!ジョルジュ、あなたの母は私なのよ!」
「突然何だ!止めないか。おい、早く連れていけっ!」
アンリは忌々しそうに騎士に叫び、そのまま牢へと引きずって行かれた。ジョルジュはずっとエレーヌにくっついたままソフィーを見ようとはしなかった。
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