●第四話 初デート
告白してまさかのOKをもらってしまった次の日曜日。僕は駅前の噴水前で鈴崎と待ち合わせた。
デートである。
もう一度言おう。デートだ。何度言ってもいいよね!
恋人との初デート。
なんだか体中がそわそわして落ち着かない。思わずスマホの時間を確認してしまうが、まだ約束の三十分前だった。さっきから全然時間が進んでいない。
「すみませんっ、お待たせしました、冬月くん」
少し息を切らせて鈴崎がやってきた。チェック柄のフレアスカートに、落ち着いた色の長袖ニット。初めて見る彼女の私服姿に、思わず僕は息を呑む。学校で見るときよりなんだか大人っぽく、それでいて可愛らしさもあり、とても魅力的だった。とにかく春らしくて良い。
一方の僕のファッションは……ネイビーチノパンに、パーカーとチェスターコート。普段とは違ってどこのチャラ男だよという感じになってしまっているが、問題ない。僕は自分のファッションセンスの無さにかけては絶対の自信がある。だから、これは、店員さんに勧められるままに選んだものだ。そこはマネキン買いでもいいから自分で選ぶべきだったが、万が一にも失敗したくないし、鈴崎に釣り合わせるには誰かのセンスに頼るしかなかった。
「いや、待ってないよ、全然」
「そうですか? ならいいんですけど。あの……この服、どう……ですか?」
鈴崎が長いまつげの瞳を僕からそらし、少し恥ずかしそうに聞いてくる。
「良いと思うよ。さすがは『今日の街角の美少女』だね」
「はわっ、し、知ってたんですか、冬月くん!」
「あ、ああ、うん」
やっべ、見たことがバレちゃった。いや、あくまで最初は明智が見せてきたのだし、クラスでも話題になっていたから、不自然では無いはずだ。僕が雑誌を買ったことは内緒にしておけばいい。
「は、恥ずかしいです……きゅう」
顔を赤らめ、自分の足もとを見つめて体を縮めた鈴崎は何やら動物が鳴くような声を漏らした。何この小動物、可愛い!
「大丈夫、大丈夫」
何が大丈夫なのか、それはちょっと違う気がするのだが、僕は彼女をなだめる。
「褒めてもらってありがたいですけど、実はこれ、去年の誕生日にお母さんに選んでもらった服なんです」
「ああ、そうなんだ。へぇ」
それで少し大人っぽかったのだろうか。どちらにしろセンスの良いお母さんだ。
「本当は、デートの服くらい、自分で選ぶべきだと思ったんですけど、どれにしていいか全然わからなくて……高校生のデート用の服ってこれで良かったのでしょうか?」
「うーん、いいんじゃないかな。少なくとも変じゃないし……悪いとは思わないけど……」
「はい……」
いや、そうだな、ここはこういうあいまいな答えではダメなのだ。
「僕は気に入ったし、鈴崎さんによく似合ってると思う」
言ってしまった。歯の浮くようなセリフを。だが、間違ってはいない。それは僕の感じたままでいいはずだ。僕の意見、僕自身のフィーリングなのだから。
「あ、ありがとう……ございます」
くう、まともに目を合わせられない。自分の耳が赤くなっているのがわかる。と、とにかく呼吸しよう。あれ、呼吸ってどうやるんだっけ? く、苦しい……。
「あ、あの、冬月くん、それで、これから……どうするんですか?」
「あ、ああ、うん、映画館に行こうと思うんだけど、鈴崎さんもそれでいいかな?」
本当は昨日のうちに鈴崎に電話してコースを相談して、少なくとも何の映画を見るかぐらいは決めておきたかったのだけれど、電話できなかった。そりゃそうだ。いくら付き合ってくれるというOKをもらっても、いきなり連絡して聞くのが有りなのかどうなのか、よくわからないし、自信も無かった。
結局、昨日は延々と二時間くらい電話のマークとにらめっこしていたが、諦めてしまったのだ。
「あ、映画、そうですね。うん、良いと思います。私も、そうなるかなって思ってたので」
「良かった」
この選択肢で合っていたようだ。
「じゃ、映画館に行こうか」
僕は事前にストリートビューで確認した地図通りに歩く。ここ最近は映画を配信で見るだけで済ませるようになっていたから、映画館に来たのは久しぶりだ。中一の時以来か。あの頃は真夜が映画館によく誘ってくれたのだけれど。
僕はちゃんと鈴崎が付いてきてくれているか心配で時々後ろを振り向くが、彼女もぴったり僕に付いて歩いてきてくれている。
これがデートか。
本当なら手をつないで歩くのだろうけれど、いやいや、そんなの無理だから。マジで無理。
しかし……自分の好きな女の子と一緒に街を歩くのがこんなにエキサイティングだとは知らなかった。
きっと鈴崎は僕がどこへ向かおうと付いてきてくれるだろう。僕が彼女をエスコートしながら好きな道を切り開くのだ。
「あ、冬月くん、映画館はそっちを右だったと思うのですけど」
「あっ、ごめん、そ、そうだったね」
いかん、浮かれすぎて曲がるところを間違えた。くっ、なんたる失態。だけど、鈴崎も道には詳しいようで、これなら迷子になってデートが散々になったりすることもないだろう。僕はちょっと安心して、気持ちが落ち着いてきた。二人で行くのだし、そんなに気負わなくてもいいか。
暖かな春の陽光に照らされた並木通りを歩き、僕らは目的の映画館に辿り着いた。
「ああ、結構人が多いな……」
「そうですね……」
建物の外にはみ出て並ぶほどではなかったけれど、中は人が詰めかけていて盛況だ。あまり待たされなきゃいいけど。
さて、今日の上演は……内容がまったくわからない恋愛モノ、前作を見たことがあるB級アクション、そして国民的子供向けアニメの三つだ。子供向けアニメは気にしなくていいだろう。もし、鈴崎がこれが見たいというのなら付き合ってもいいけれど、たぶん、高校生が見るようなものではないし、彼女も選ばないはずだ。友達とアニメの話で盛り上がっているという場面も教室では見かけていない。
「じゃ、鈴崎さん、どれにしようか」
「は、はい、ええと……冬月くんはどれが見たいですか?」
逆に聞かれてしまったが、僕も正直、どれが見たいというのはあまりない。恋愛映画なんて興味はないし、B級アクション映画も、お正月にこたつで寝転がってスナックでも食べつつ見るなら見てもいいかという程度で、特に好きというわけじゃない。どちらかと言えば、僕は謎が謎を呼ぶミステリーや真面目に作り込まれたSFサスペンスが好みだったりする。
「そうだなぁ……うーん、じゃ、じゃあ、『言葉と愛の狭間で』かな」
本当はこの二つならどちらかと言えばB級アクションが良かったのだが、鈴崎にちょっとでも良い所を見せようと、そっちをチョイスしてみた。
「そうですか。私、この原作小説は読んだことがないので、ちょっと楽しみです」
「うん、僕も」
お互い、特にお喋りもせず、順番が来たのでチケットを買い、高揚した気分でそのまま上映室に向かった。いつもなら真夜がポップコーンとコーラを買ってきてくれるところだが、今回はデートだからな。飲み食いは別にいらないだろう。
「席、ここだね」
真ん中やや後ろの見やすそうな場所を取ってある。
「はい」
観客はB級映画やアニメのほうが多かったようで、こちらの客はまばらだった。
これは……面白くない映画だったらどうしよう?
別の映画にしようなんて今さら言い出せないし。いやいや、考えるな。考えても無駄だ。
それにしても……どうも落ち着かない。
なぜって隣に女の子が座っているからだろう。今までもそんなことは何度かあったけれど、彼女は特別だ。
好きな女の子が、しかもデートで隣に座ってくれているのに、落ち着けるはずがあろうか。鈴崎の存在が気になって仕方ないが、彼女のほうをじろじろ見ては嫌われるかもしれない。
そんな僕の忙しく、とりとめのない思考とは裏腹に、照明は静かに落ちて――上映が始まった。




