●第二話 僕が恋に落ちた少女(4)
三日ほどそれをやっていると、ケン達のグループもすぐに飽きてしまったようで教室にはやってこなくなった。もちろん、絡まれたら嫌なので、僕も速攻で帰り、その報告は真夜から教えてもらったのだけれど。
「悠真、もう大丈夫だぞ。ケンももう来てないし。飽きたみたいだな」
家に報告にやってきた真夜が言う。ボーイッシュな格好のせいか女の子らしさをあまり感じない。胸はあるが……ま、僕と真夜は幼なじみで幼稚園の頃から小中高とも一緒だし、妹みたいなものだしな。こう言うと「私が姉貴だろ」と言ってくるヤツだが、誕生日は僕が六月六日で半年以上早いのだ。
とにかくケンが諦めてくれたようで助かった。
「良かった……」
「ま、心配のしすぎだぞ、悠真。鈴崎だって好きでもない男と付き合ったりするはずないしさ」
「いや、強引に迫られたら、どうなるか」
「そんなもん、引っぱたいてやればいいっての」
「それができる子じゃないんだよ」
「あっそ。あ、そういえばさ、学校の裏庭に一本だけ生えてる桜があるだろ」
「知らないな」
「ええ? どうして悠真はそういうことに疎いかなぁ。目立つ場所にあるし、ウチの学校じゃかなり有名だぞ?」
「お前と違って僕はそういう情報網が無いの。知ってるだろ」
「知ってるけど。で、一本桜が全部散る前に告白すると、そのカップルは絶対に別れたりしないんだってさ」
「ふーん」
「えぇ、何だよ、その食いつきの悪さ」
「いや、告白とか言われても」
縁が無いし、する相手もいない。今、鈴崎の笑顔が僕の脳裏に浮かんだが、やめろ! 彼女はそういう対象ではないのだ。僕の憧れにして、崇高なアイドル、そんな感じだろう。遠くから見て楽しむのだ。
「つまんねえ。なぁ……本当かどうか、アタシと試してみるか?」
「は? いや、やらない」
そういうのは嘘っこでやるものじゃないし。
「何だよ、ノリが悪いぞ。これだからオタクは」
「くっ、うるさいぞ」
真夜は口が悪いし、オタク趣味を何だか毛嫌いしている。昔はよく一緒に遊んだのに最近はちょっと疎遠になってもいた。ま、さすがにお互い高校生となると、異性の友達ってのは難しいかもな。ベッドの下を漁られたり、パソコンの画像フォルダを勝手に開けられた日には、恥ずかしくてつらいモノがある。
翌朝、僕はいつものように鈴崎に話しかけた。
ケンが今後どう動くかはちょっと心配だが、彼が諦めたというのなら、鈴崎もいつもいつも速攻で帰宅というわけにもいかないだろう。日直や部活だってあるだろうし。鈴崎は文芸部に所属している。ちなみに僕は帰宅部だ。どうして文芸部を選ばなかった?
まあ、二年生からの入部って、輪に入れないパターンだろうしな。やっぱりやめとこう。
「鈴崎さん、だから、もう今日は普通の時間で良いと思う」
そう言うと彼女もほっとしたような笑顔を見せてくれた。
「そう、良かった。これも冬月くんのおかげだと思いますから、何かお礼を……」
「いやいや、そんなの気にしなくて良いから。クラスメイトとして当然のことをしたまでだよ」
「あ……、クラスメイト、そうでしたね」
会話が途切れた。もう少し、彼女と話していたいけれど、話題が無いし、必然性も無い。僕らはただのクラスメイトで、しかも、どちらもお喋りなタイプではないのだ。
それでも、このまま今までのろくに会話も無いクラスメイトに戻るのは名残惜しくて、僕は鈴崎の席の側を離れがたかった。
「ごめんなさい、私、こういうときに、男子とどういう話をしていいか、全然わからなくて」
「ハハハ、そんなこと、気にしなくって大丈夫だよ。僕だって女子とどう話すかなんて、さっぱりわからないんだし」
今も通販テレビ番組のプレゼンターのように無駄なアクションで動きが極めて怪しくなっている。ここはクールにさりげなくだろうに、僕のバカ。
「でも、冬月くんて……大原さんとよく話してるし、つ、付き合っているんですよね?」
「えっ、いやいやいや、僕は誰とも付き合ったことなんてないよ。よく勘違いされるけど、真夜はただの幼なじみで腐れ縁ってだけだから。小中高も全部一緒だし、家が隣同士で、あれは妹みたいなもんなんだ。あいつのほうは、僕が弟みたいなもんだって言ってるけどさ」
「あ……そうなんだ。へえ……」
なんだかほっとしたような鈴崎は、そうだな、異性と話すのが苦手な同類を見つけて、私だけじゃないんだって安心感を共有したのだろう。
「そっか、だから冬月くんはモテないんだ」
「えっ、う、うん、まぁね……」
何か、今、僕は変なことを言ったかな? 親戚の子にデリカシーがないとか気が利かないって言われたことがあるが、くそ、今の流れでどこの会話選択肢を間違えたかさっぱりわからん。だが、悲しいかな、僕がモテない理由を鈴崎は何か見つけてしまったようである。無念……。
「あっ、ごめんなさい、別に冬月くんが何か悪いってわけじゃないですから」
「そう? まぁモテないんですけどね、ふぅ」
「すねないでください。私を助けてくれたり、気を遣ってくれたり、そういう誠実なところ、きっと誰かが見てると思いますから」
「だといいけど」
ま、好感度はちょっとだけ上がるかもね。しかし、永遠にイベントは起きない。はぁ……。
「私、今まで男子って凄く苦手だったけれど……たった一人だけでも、好きになれそうな人ができた、かな」
「えっ!」
「あっ、ううん、な、何でも無い」
男子で好きになれそうな人物がいる……だと。
鈴崎に。
その瞬間、僕の心には暗雲がどんよりと垂れ込め、そのあと鈴崎と何を話したかよく覚えていない。
「はぁー、なんだよ、清楚に見えて何だよ。また裏切られた……」
ベッドに沈み込み、僕は脱力する。
もうじき、鈴崎は誰かの彼女になってしまうのだ。
好きになれそうな人ができた、なんて。
別の男に微笑む鈴崎。
「くっ! だぁーっ!」
ベッドの上で身をよじって思わず叫ぶが、今まで味わったどんな苦しみよりもつらい。
いったい、僕はどうしてしまったのか。
ちょっと前までは、ただ、彼女の笑顔を見るだけで良かったのに。それだけで幸せになれていたのに。
「まずいな……鈴崎のことばかり考えて、何もできやしない。忘れろよ、いい加減」
そう独りごちて布団を被ってみたものの、忘れられるわけがない。
「いや……そうか。いっそのことフラれてしまえば、楽になるのか?」
僕は荒療治を考えついた。
今まではそんな恐ろしいこと、嫌われるのを恐れて具体的に考えたこともなかったが、よくよく考えてみると鈴崎はフッた相手に冷たく当たることもしないだろう。なら、断られた日だけダメージに耐えられれば、元の観察者に戻れるかも。あるいは、諦めが付くかもしれない。
それに……ひょっとしたら……OKがもらえたりしちゃったり!
「おほ、おほほほ、ま、参ったなぁ」
僕はそれがとんでもなく優れたアイディアに思えてきた。
よし、告白だ!




