●第八話 いつだってあなたを見てるから
筋肉痛が治ったが、僕の心はやはり冴えない。真夜が来馬に告白された――。
少しビックリしたが、だからといって僕が気にすることではないはずだ。だって、真夜は幼なじみであり、僕の恋人は葵なのだ。気にするほうがおかしい。
「ううん――」
頭では理解しているのに、真夜のことが気になってしまう。
「いかん、いかん、これから葵とご飯を食べるのに、失礼だろ」
恋人と二人きりの食事中に、他の女性のことを考えるのは、浮気というものではないのか。
「いや、でもなぁ?」
別に、僕は真夜が好きというわけではないのだ。そりゃあ、友達として、幼なじみとしてずっと一緒にいたし、性格は違うが気の合う仲間、そう仲間のような感覚――。
渡り廊下を過ぎ、文芸部の部室まで来てしまった。
入りづらい。
この扉の向こうに、葵がお弁当を作って待っていてくれるというのに、それを思うと、僕はどんな顔をして彼女と会えば良いのか迷ってしまう。
部室の引き戸を開けようとすると、向こうから先に開いた。
「悠真くん、良かった。遅いから、何かあったのかと心配しちゃった。私、心配性すぎるよね」
「いやいや、ごめん、遅くなって。ちょっと考え事をしてただけなんだ。何でも無いよ」
僕は努めて笑顔で言う。
「そう? でも、林間学校が終わってから、ううん、林間学校から帰るときから、なんだか悠真くん、少し元気がないみたい。何か私で相談に乗れることがあったら、何でもいいから言ってね」
「ありがとう。そうだな――なら、聞いて欲しい」
僕は葵にすべてを話そうと思った。ここまで僕のことを気にしてくれているのに、それを話さないのはなんだか卑怯に思えてしまったからだ。もし、それで別れるなんて言われても、僕がすべて悪いのだ。
「実は――」
来馬が真夜に告白したこと。
それが気になって仕方が無いということ。
「なんだ、そんなことだったんだ。良かった。私、別れ話を切り出されるかなって、ちょっと心配しちゃった」
「それはないけど、そんなこと、かな?」
「うん。だって、真夜さんって悠真くんにとってずっと一緒の幼なじみで、家族みたいなものでしょう? 真夜さんだってそんなことを言ってたし」
「そうだな。うん、妹みたいなものかな。妹が今までいたことがないから、よく分からないんだけど」
「ふふ、そうね。でも、妹が告白されたなんて聞いたら、仲のいいお兄さんなら、ちょっと心配になるんじゃないかな?」
「ああ、なるほど、兄としてなのか」
「そう。きっとそうだよ。だって、そのぅ……、ゆ、悠真くんは私が好き、なんですよね?」
「ああ、もちろん! 葵が好きだよ」
僕は心の底から、ありのままの気持ちを堂々と告げる。
「う、うん。だから、気にしなくて良いの。私は、悠真くんを信じてるから」
「ありがとう。ふぅ、変に考えすぎちゃったなぁ……」
「ふふっ。じゃあ、お弁当、食べましょうか?」
「ああ」
「今日はおにぎりとハンバーグにしてみました」
「いいね!」
僕の大好物だ。それを恋人である彼女が作ってくれて、しかもお互いに笑顔で食事ができる。
僕はこの貴重な時間と葵の彼氏になれたことが、とてもありがたかった。
願わくば、ずっと葵と一緒にいられますように――
僕らは、義理の兄妹で恋人なのだ。
文芸部の締め切られたカーテン越しに、強い日差しが僕らを照らしている。
僕らは二人で初めての初夏を迎えようとしていた。
―― 完 ――
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