●第二話 反発と抵抗と
翌日、他の生徒達にも新見果穗の話が広まったようで、朝の教室では騒然と彼女の名前が飛び交っていた。
「新見のヤツ、自分がモテないからってふざけてんのか」
「まったくだ。学内恋愛禁止って、何様のつもりだよ!」
「ガリ勉って今時、流行んないよねー。アタシは絶対無理!」
大半の声は反発のようだ。これならまあ、選挙で生徒会会長になることはないか。聖地を奪われるのではと心配していた僕はちょっと安心した。
「よぅ、冬月」
「げっ、お前……明智、なんだその格好は」
僕はクラスメイトの姿を見て思わずギョッとする。明智は『新見果穗』と印刷されたハチマキを頭に巻き、『絶対当選』というたすきまで制服にかけている。
「決まっているだろう。選挙の応援だ。同志新見は我々ボッチに救いの光明を照らしてくれる女神様だ。さぁ、冬月、お前の分も作ってきてやったから、これを装着しろ」
「だが、断る。あとそれをすぐ外せ」
「な、なにぃ? お前は、学内でチャラチャラしているリア充どもに対する復讐の機会をみすみす見逃すというのか?」
これが行きすぎてこじらせると、ネットでウワサのインセル『望まざる禁欲主義者』になるのだろうか。ちょっと理解できてしまうところがなんともアレだ。
「そうじゃないが、そんなに学校でチャラチャラしているリア充なんていないだろ?」
「いや、オレは昨日も見たぞ。雨の中、相合い傘をして帰る男女を二組も見た。絶望したよ。高校生だぞ? あり得ないよ。この神聖なる学び舎に、堕落した恋愛を持ち込もうとする輩はね。来年は受験生だというのに、将来を棒に振るかもしれないんだぞ」
「まぁ、勉強も大事だとは思うが……」
「そうだろうが。蟻とキリギリスの話を思い出せ。今は苦しくとも、いずれ大学デビューで取り返せばいいんだよ。そこでオレは巨乳の女をゲットする」
ま、ちょっと前にファッション雑誌のグラビアを学内に持ち込むような輩だ。あれこれと理屈を付けているが、本音では明智も女好きなのだ。
ただ、もちろん僕には葵という恋人がすでにいる。
この話には乗れないな。
あと、たすきとハチマキなんてちょっと無理。
「明智、お前の話はわかったが、僕は協力しないぞ。新見さんにも投票しない」
「……どうあっても、か?」
「どうあっても、だ」
僕と明智はじっと、にらみ合った。
「ふぅ……そうか。ま、冬月には大葉さんがいるもんな。表向きは幼なじみとか言いながら、やっぱり裏では恋人として付き合ってるわけだ。はんっ、見事に騙されたよ。お前を信じたオレがバカだった」
「いや、それは違うと言ってるだろう。真夜はタダの幼なじみだから」
「もういい。残念だが冬月、今日からオレとお前は敵同士だ。友情は一時休止、棚上げだ」
「金輪際、絶交だ!」と言われるかと思ったが、僕と明智の友情はそれなりに篤いらしい。
「仕方ないな。それで明智、選挙の応援って、具体的に何をするつもりなんだ?」
「おいおい、さっそく敵方の情報収集か? 怖いな、冬月。虫も殺さぬような人畜無害の顔をしておいて、友情につけこんだスパイ活動とはなかなかやるじゃぁないか。感心したぞ。いったい、お前はどこの対立候補を応援してるんだ? どこの陣営だ」
「面倒くさいな。誰も応援してない。陣営だなんて、こっちはそんな生徒会選挙に入れ込んでるわけじゃないぞ。新見さんが当選しなければ誰でもいいさ」
「はは、愚かな。選挙の対立候補は絞っておかないと票が分散して勝てるものも勝てなくなるぞ」
「なるほど」
「おっと、オレとしたことが余計なことを言ってしまったな。とにかくオレが新見陣営の強力なサポーターとなったからには、そうだな、まずは匿名掲示板でネット工作、そして対立候補の風評被害の拡散、ボッチ同盟を活かした応援団結成、お宝画像での有権者買収、やれることはいくらでもある」
「それはいいが、あんまり派手にやって候補者に恨まれたり、名誉毀損とかで捕まらないようにしろよ」
「わかってる。そこまでバカじゃないぞ、オレは」
ま、明智は成績もいいし、その辺は大丈夫か。言ってることはなんだか凄いが、たぶん明智の影響力はさほどでもないだろう。ボッチ同盟の構成員ってたぶん、僕しかいないし。
「健闘を祈る」
「おう。そっちもな」
それにしても、生徒会選挙か。どの対立候補を応援するかあとで葵と相談するとしよう。
昼休憩になったところで、僕は文芸部の部室に向かう。
反『新見果穗』候補のアジトだ。
と言っても、具体的に何をするか、まったく思いついてはいないけれど。
明智みたいに本腰を入れる選挙活動ってのもなんだか気が引ける。あの格好を見ちゃうとな……。
とにかく、まずは葵と相談してみないと。
「そうですね。私も、違う候補に投票するのが良いと思います。新見さんが当選しなければ、選挙公約も実現は不可能だと思いますし、その……ちょっと過激な政策だと思うので、何もしなくても当選しないかな、と」
昼食を終えたところで葵が指摘するが、何もしないという選択肢もありだろう。
「そうだよね。あれはちょっと過激だよね」
学内恋愛禁止、部活動の一部廃止と予算変更。どう見たって生徒会の権限を越えている。
そんなのが実現した日にはマスコミに取り上げられそうな珍しさだろう。
「はい。それで、私はこの人がいいかなと」
「ふむふむ」
朗らかな笑顔で安心感のある公約を掲げている対立候補。学内の清掃活動強化と、生徒会室への空気清浄機導入。一般生徒にとってはありがたみがあまりないが、生徒会メンバーにとっては空気清浄機が欲しい人もいるだろう。花粉症の人にとっては特に。つまり、意外と策士かもしれない。
「良い感じだね。この斉藤くんなら勝てそうな気がする」
「はい」
決まりだ。僕と葵はニッコリとうなずき合った。
家に帰って僕が宿題をやっていると、真夜が部屋に入ってきた。
「よっ」
「お前なぁ。ノックくらいしろ」
「ああ、はいはい。これでいいか?」
「入ったあとでやっても意味ないんだけど。それで、何か用か? 今忙しいぞ」
「勉強なんて適当でいいだろ。それより、悠真、生徒会選挙は誰に投票するつもりだ?」
「んん? 真夜、お前がそんなのに興味を持つのは珍しいな?」
「だって、新見の公約を聞いたか? 運動部の部費を大幅アップだぞ?」
「ああ……それか」
僕は大して気にしていなかったが、こうして運動部で活発に活動している生徒にとっては大きなメリットだったようだ。
まずいな。
「反対してるヤツも多いけど、悠真は帰宅部だし恋人もいないから、新見でいいだろ?」
「いや、僕は新見さんには入れないぞ」
「ああ? なんでだよ」
恋人いるし、とは言えないな。僕は別の理由をもっともらしく言う。
「考えてみろ。部費を他の部を潰してまで取ってきたら、他の部の生徒が困るだろうが」
「だって、いい加減な活動をしてる部だろ? そんなの大して困らないんじゃないか?」
「いいや、困る」
きっぱりと。
「ううん……チッ。とにかく、それでもアタシは新しいバッシュが欲しい」
「ええ? あの数万円する高いヤツだろ? それ、部費が増えても無理じゃないのか?」
「いや、アタシは女バスのエースだからな! エースが欲しいと言えば、ちょっとくらい融通してくれるだろ」
考えが甘いと思うが、まぁいい、それは女子バスケット部のメンバーが考えることだ。
「そうか、ま、好きにしろ」
「ああ、好きにするぜ」




