●第二話 赤い欲望と家族の衝突
オープンカーのようなカートに乗り込むと、フロントガラスに文字が浮かび上がり、自動音声が聞こえてきた。
「ディスティニーカートをご利用いただき、ありがとうございます。スマホチケットをお持ちの方は前面のフロントガラスにスマホをかざしてください。また、ご家族や友人でご利用の方は、車体番号を入力していただくと、このパネル同士で通信が可能になります。通信を許可するかどうか選んでください」
「ほれ、悠真、さっさと許可しろよな」
真夜の顔がフロントガラスのパネルに映った。へぇ、かなりのハイテクだな。
「じゃ、はい、と」
家族全員が連携したところで、レース開始だ。
スタート地点の信号機が赤から青に変わる。フロントガラスにもカウントダウンの数字が入った。3、2、1、GO!
「よっしゃ、先頭はもらった!」
真夜が凄い加速でぶっちぎる。飛ばすなぁ。僕もアクセルを踏み込んでみたが、普通の車よりも車高と視点が低いせいか、結構怖い。しかも、この車、そんなに速く加速しないな?
「はっはー、トロいぞ、悠真! 青の車体は加速がめっちゃ遅いからな。それを選んだ時点でお前の負けだぜ!」
「なにっ! ええ? 色で性能差があるのか?」
そんなの知らないし。
「大丈夫よ、悠真くん。青は急角度でも曲がれるし、ぶつけられたときにも強いから」
真理亜さんが教えてくれたが、ぶつかったときじゃなくて、ぶつけられたときか。そんなにぶつけられることはないだろうと思うのだが――
「きゃっ」
「うおっ」
車体に結構な衝撃があり、揺れる。
「ご、ごめんなさい、悠真くん、曲がりきれなくて」
後ろからぶつけてきた葵が謝る。
「ああ、いいよ、大丈夫だから。いったん、バックして」
「え、ええと、どうやれば……」
左にギアがあるのだが、葵は操作に戸惑っている様子。
「じゃ、僕が前に出るから、ちょっと待って」
やや強引にアクセルを踏み込んで、壁と葵の車体に挟まれた状態から抜け出す。
「ありがとう」
「じゃ、僕らは適当に安全運転で行こう」
「そうね」
「ダメだぞ! 本気でやれよな。負けたヤツはジュース奢りな」
「真夜、勝手に決めるなよ」
「そうね、罰ゲームだと負けた人が楽しめないから、その代わりに勝った人は私が奢りにしてあげるわ」
真理亜さんが気を利かせてくれた。
「おお、それがいいな。じゃ、父さんも本気を出すぞ。勝者はお母さんのキスでもいいな!」
父さん、恥ずかしいからやめてくれ。自分が負けたらどうするつもりなんだか。
「あら、いいわね」
「だ、ダメよ、そんなの、お母さん」
葵が慌てるが、大丈夫、僕はそんな本気出したりしないし。
「いや、真理亜さんのキスなんてアタシは嬉しくねーぞ」
「ふふ、真夜ちゃんは他のことでいいわよ」
「まあそれでいいけど。じゃあさ、バッシュの新しいのをプレゼント!でどうかな、真理亜さん」
「ええ? バッシュってそれ、運動靴の値段が高いヤツでしょう? 一万とか二万とか」
「ああ。本当は二万二千円の赤いエアジョーダンモデルが欲しいけど、一万三千円のでもいいぜ」
「よし、じゃあ、勝ったらおじさんが赤のジョーダンモデルを買ってやろうじゃないか」
うわ。大丈夫かよ、父さん。娘が一人増えて学費も大変だろうし、普段の食事はインスタントラーメンで安くあげてるってのに。
「悠真も勝ったら、新しいパソコンとか買ってもらえば良いだろ。爆速のヤツ!」
真夜が自重せずに高額商品をプッシュしてくるし。
「もう、みんな、そんな無駄遣いはダメです。大葉さんも今使える他の物を持ってるじゃないんですか?」
葵は常識人のようで窘めた。僕も別に特にパソコンを買い換えなくたっていいかな。ゲーム機やグラボの最新型が欲しいといえば欲しいけど。
「悠真、お前も張り合ってみろ。男はいつどこで未来の彼女が見ているか、わからないぞ?」
まったく。父さんにそう言われてしまっては、葵に良い所を見せたくなってくるじゃないか。
「よし!」
車体の癖とハンドリング性能はだいたいつかめた。これなら、アクセル全開で最初のカーブに突っ込んでもスピンはしないはず。
「あら、なかなか追い上げてきたじゃない、悠真くん。やるわね」
白い車体の真理亜さんをアウトコースから追い抜く。
「へっ、甘いぜ。エアジョーダンは渡さねえぞ!」
真夜がそう言うと、何かを投げるそぶりをした。
「んん? なっ!」
フロントガラスにARで映し出された爆弾が僕の車体に命中すると、爆発音や衝撃とともに、フロントガラスが一面真っ白になる。
「くそ、見えない、危ないって!」
慌ててブレーキを踏む。なんだよこのアトラクション、全然正統派のレースじゃねえ!
「はっはー、ざまぁねえな、悠真。うおっ、しまった!」
真夜がこちらに気を取られすぎたようで、ハンドリングを誤ってスピンする。まだチャンスがありそうだな。フロントガラスの左上に小さく各車の位置と全体コースが表示されている。
「よし、やってみるか」
僕はアクセルを全開で踏み込んだ。
そしてチェックフラッグが振られ、勝負はついた。
「はっはっはっ、父さんが優勝だな」
「ちくしょー、あと一歩だったのに」
「さすがね、一馬さん」
真理亜さんがその場でキスするのかと僕はちょっと心配したけれど、二人はにっこりと笑い合っただけで次の場所に向かうようだ。いくら再婚したからと言って、自分の親がラブラブのところなんて落ち着かないから見たいわけじゃないし。ほっとする。
「で、真理亜さん、次はどこのアトラクションなんだ?」
二位になってちょっと不機嫌そうな顔の真夜が聞く。
「ホーンテッド・ハウスよ」
「ホーン? 楽器か?」
「いいえ、お化け屋敷よ」
「おお、お化け屋敷か! 面白そう」
「じゃ、行きましょう。きっと震えるほど面白いわよ! ウフフ」
お化け屋敷ってそんな面白いかな?
喜々とした真理亜さんを先頭に、僕らは次のアトラクションへと移動した。




