●第十一話 公園でピクニック
ゴールデンウイークに突入し、僕らは近くの公園でピクニックをすることになった。
父さんと真理亜さんの発案だ。行楽としてはお手軽で無難なところだろう。
僕は外に出るのが億劫なインドア派だけれど、家族のイベントとくれば最優先で参加するに決まっている。
だって、父さんの再婚が上手くいって欲しいから。
昔、母さんが家を出て行ったときのような、つらく寂しい思いは二度としたくない。
ただ……昨日まで赤の他人だった人達で、それも女性だとなるとやっぱり少し緊張してしまう。上手くやっていけるかな?
「よし、ここがいいだろう。悠真、シートを敷くのを手伝ってくれ」
「ああ」
良さそうな場所にビニールシートを敷き、そこに弁当箱を置く。三段重ねの重箱が三つ。五人で食べ切るには少し多すぎやしないだろうか。まあ、余ったなら余ったで、持って帰ってその日の夕食にすればいいのか。
「よーし、飯だ飯!」
男子がよく着るようなジャンパーの袖を腕まくりした真夜が、さっそく重箱の包みをむしるようにほどく。
「真夜ちゃん、ここの景色、とっても綺麗よ?」
真理亜さんがアイフォンで周りの風景を撮影しながら言うが。
「いーよ、んなもん。この公園の景色なんていつでも見れるし。おおっ、やった! ハンバーグとウインナーがこんなに! メッチャメチャ豪華じゃんか! これだけ数があれば腹一杯食えそうだ! アタシ、一回でいいからウインナーのバカ食い、やってみたかったんだよなー!」
シャウエッセンのドカ食い、僕も一度はやってみたいけれど、言っておく。
「真夜、五人で分けて食べるんだから、一人で全部取っちゃダメだぞ」
「ええ? ああ、それもそうか。数が増えてるんだよな……チッ」
うっ、にらまれた。
「ハハ、心配しなくとも、真夜ちゃん、悠真は食が細いからな。それにハンバーグとウインナーがそんなに好きなら、おじさんの分も全部食っていいぞ」
「マジか! ありがとな! おじさん!」
「あ、おじさま、私もそんなに食べないので、私のを分けますけど」
「いやいや、葵ちゃんは食べ盛りだから、遠慮せずに食べていいぞ。おじさんはこの歳になると、肉より魚が良いってだけだからな」
「お魚、もっと増やしておけば良かったかしら」
「いやいや、真理亜さん、これで充分だって。だけど、誠二達も一緒に来られたら良かったんだけどな。ゴールデンウイークに仕事が入るなんてなぁ」
「いーんだよ、ウチの親は。オヤジは稼ぎ時だって張り切ってたしさ。あ、それより、鈴崎、家族になったんなら、おじさんのことはちゃんとオヤジって呼べよな」
「ええ?」
葵が戸惑うが、まあ、普通に彼女は「お父さん」と呼ぶタイプだろうし、オヤジはなさそうだ。
僕も当分、真理亜さんのことを母さんなどとは呼べない気がする。別に受け入れられないってわけじゃないんだけど、たぶん、そこは慣れの問題だ。
「ハハ、いいぞ、オヤジで。真夜ちゃんもな」
「おう、アタシ、今日は冬月の家の子になる。んめー!」
豪快にウインナーを頬張る真夜はわりと単純そうだ。
「はい、どうぞ、……ゆ、悠真くん」
葵が小皿にウインナーとハンバーグを取り分けて渡してくれる。僕の下の名前を呼ぶのが相当恥ずかしかったようで、頬を紅に染め、目を伏せている。
「あ、ああ、ありがとう、葵……さん」
僕もドギマギしながら小皿を受け取る。目を合わせられない。なんだよこれ、なんだか新婚夫婦みたいなんですけど!
「ハハ、何をそんなに緊張してるんだ、悠真、それとも寒かったか? 耳が赤いぞ」
「葵も、やぁねぇ、なんだか恋人に渡すみたいに緊張しちゃって」
「ぶほっ!」「んんっ!」
「あらいけない、ほら、悠真くん、お茶を」
「あ、はい、どうも」
「おいおい、二人とも、こんなにたくさんあるんだ。時間もあるし、焦って食わなくていいんだぞ?」
父さんも真理亜さんも二人とも気付いていないようだが、いちいち心臓に悪いな。
「いや、真夜がガンガン食べてたからさ、僕も負けないようにって思ってさ」
とにかくバレたらこの家族の幸せは終わりなので、僕はすぐさまごまかしておく。
「なにおぅ、やっぱり悠真、メッチャ食うつもりなんじゃねえか。負けて堪るか! おりゃあああ」
「やめろよ真夜、行儀が悪いぞ」
「ええ? ごめんごめん」
「ゆ、悠真くん、これも良かったら、食べてみて」
葵が魚のフライを小皿に入れて差し出してきた。
「うん」
「あの……このフライ、私が作ったから、お母さんよりも出来が悪いかもしれ――」
「いただきます!」
そういうことであれば、速攻で葵の手から奪い取るようにして魚のフライをいただく。
直前にたっぷりかけてくれた愛情のタルタルソースと、サクッとした衣の歯応えがもうすでにおいしい。続いて上品に広がる紫蘇の葉の香り。さらに魚の白身の間にはチーズが挟んであったようで、凝った造りだ。
「うん、おいしいよ」
「よ、良かった……」
「ふふ、頑張ってたものね、葵も。朝五時にはもう起きてたし」
早っ。
「お母さん、それは言わなくていいから。おじさまもどうぞ」
「おお、ありがとう、葵ちゃん」
「オヤジだぞ、葵」
真夜が呼び名を言い直させようとするが、それ、葵には呼べない名前だろう。
「ええ……?」
「まあ、おじさまでいいぞ。それより、これは何だ?」
父さんが重箱からカリカリのボールみたいな何かを箸でつまんで説明を求めた。
「ああ、それは卵の唐揚げね。生卵をティーカップの水に落としてレンジで温めて、それから小麦粉をまぶして揚げたのよ」
「ほお、うん、うまい」
「どれ、おお、食えるな。うまいぞ」
真夜が箸で揚げ卵を突き刺してパクッと一口で食べたが、よく食えるなぁ。まあ、僕も一つ。
「へえ、中は半熟か」
ゆで卵の豪華版だな。カリッと外を包んだ衣と、黄身のとろりとした食感の違いが面白い。
「たくさん作ったから、どんどん食べてね」
「「おー」」
「いやー、食った食った」
ぽっこりと膨らんだ自分のお腹をポンポンと叩き鳴らしながら、満足げにさする真夜。横綱か。別に太ってはいないのだけれど、よく食うヤツだ。かくいう僕のお腹もパンパンだ。もうお腹いっぱい。
「残っちゃったけど、あとは夕食にすれば良いわね」
「「「ごちそうさまでした」」」
手を合わせて作り手に敬意を払う。僕らも料理は作れるのだから、今度は別の日に何か作ってお返ししないとな。
「お茶を入れるわね」
真理亜さんが渡してくれたお茶を飲みつつ、皆で公園を眺める。柔らかなそよ風が頬を撫で、暖かな昼下がりの日差しも心地良い。仲の良さそうなモンシロチョウが二匹ほど、気まぐれに方向を変えながらダンスを踊っている。
静かだ――。
「春だなぁ」
父さんがぽつりと言う。
「そうだね」
僕もうなずく。
「ええ」
真理亜さんも。
緩やかな時間が流れ、春の香りがする。ああ、そうだ、これがきっと幸せというものなのだろう。
それは、和やかに、麗らかに。
僕らは久しぶりに家族の温かみを感じたのだった。




