●第八話 放課後(2)
さっそく二人で、カゴの中からフィルムに包まれたアルファベットのパーツを探していく。色のバージョンも五種類くらいあった。
「色はどうしようか」
「私はピンクでいいかなと」
「じゃあ、僕は青で」
お互い、好みの色を決めて、そのアルファベットの文字を探す。
「ピンクのOがあったよ。はい、葵さん」
「ありがとう。こっちは青のMがありました。はい、悠真くん」
幸運なことに、ばら売りしているアルファベットのすべてのパーツがそろった。これで一個だけ足りなかったりしたら悔しかっただろうな。
アルファベットをはめ込むプレートの台座も買って完璧だ。
「葵さん、他に何か買いたい物はある?」
「んーと、いえ、ないです」
「じゃ、帰ろうか」
「はい」
ショッピングモールを出て二人で歩く。たったそれだけのことなのに、とても楽しい。
できれば手をつないで並んで歩きたくなるが、いやいや、学校のクラスメイトに見つかると面倒だし、万が一にも父さんと真理亜さんには知られてはいけないのだ。それに、僕が手をつなぎたいと思ったとして、「手をつなごう」だなんて、無理無理、言えやしないっての。
「あ、ここにお好み焼き屋さんがあるんですね」
通りかかったお店の前で葵が言う。
「そうだけど、そっか、葵さんの前の住んでた場所ってこっちじゃないんだっけ」
「ええ、学校近くの山の手です。だから、この辺はあんまり来たことがないですね」
「そう。この店、父さんとよく来るけど、おいしいよ?」
「へえ、ちょっと食べてみたいなぁ」
「じゃあ、入ろうか?」
「いいんですか?」
「うん。まだお金もあるし、奢るよ」
「い、いえいえ、自分のは自分で出しますから」
「そう?」
ここは彼氏が奢るところだと思うのだが、ま、葵がそう言うなら、勘定は別々にしておこう。
「いらっしゃいませー! ご注文は!」
「僕は豚玉で」
「えっと、同じのをお願いします」
「はいよ! 豚玉二丁!」
強面の店員が慣れた手付きで手早く鉄のヘラを使いながら、鉄板の上で円形に生地をのばし、その上に具を載せていく。キャベツの上に豚バラ肉が載せられるのを見ると、これからできあがる味がありありと予想できて、お腹が空いてきた。
「わ、速い」
「葵さんはこういう店はあんまり来ないの?」
「そうですね。私は家で食べることが多いので」
「そっか」
「だから、今日は味が楽しみです」
「うーん、真理亜さんの料理の味と比べると、どうかなあ」
お店であっても相手はなかなか手厳しい気がする。
「ああ、でも、たまにはこういうお店で食べてみたかったですから」
「そう。なら良かった」
「はい」
「悠真くん達は外食が多かったんですか?」
「いや、そこまででもないね。月に四回くらいは外で食べる感じだったけど」
どちらかといえば食べたあとに家でのんびりできるから、外食より自炊の方が良い。
「あの……」
「うん?」
「悠真くんのお父さん、一馬おじさまってどういう感じの人ですか?」
葵が聞いてきたが、気になっていたのだろう。
「ああ、うちの父さんは、何に対しても超ポジティブって感じかな。僕とは正反対な感じだよ」
「へえ。厳しかったりするんですか?」
「いやあ、全然。そこは僕と似てるかもね」
「そうですか。ふふっ、良かった」
「真理亜さんはどうなの?」
「そうですね。私の母も、ポジティブで積極的ですね。優しいことは優しいですけど、私とはやっぱり性格が随分違います」
「そう。まあ、そんな感じだね」
「はい」
葵はどちらかといえば内気で控えめな感じだけれど、真理亜さんは人と話すのも得意そうな感じに見えた。
これから四人で家族として上手くやっていけるのか、少し不安がよぎる。上手くやらないと。
目の前ではそんな僕の心配とはお構いなしに店員がヘラでお好み焼きを景気よく一気にひっくり返し、その上からソースを惜しみなくかけていく。さらにマヨネーズで細く網状に上乗せし、青のりをパラパラと振りかける。
濃厚なとろみのあるソースが鉄板の上に垂れてジュウジュウと泡立ち、香ばしい匂いを漂ってくる。家族の将来も気にはなるが、ああもう、ヨダレが我慢できない、早く食べたい!
「はい、豚玉二丁、お待ち!」
「じゃ、いただきます!」
「いただきます」
「葵さん、熱いから気をつけてね」
「はい」
僕はヘラを使ってお好み焼きを半分に分け、さらにピザのように小さく一切れずつに区切っていき、ハフハフしながら湯気が立っているお好み焼きを口に入れる。
豚バラ肉のジューシーな肉汁とソースの甘酸っぱさがほどよく絡まり、ほんのりと青のりから潮の香りがした。
「うん、うまい」
「はふ、おいしいです」
すぐに水を飲んだ葵は少し熱かった様子。だけど笑顔で味には満足してもらえたようだ。
綺麗に鉄板から二枚のお好み焼きが消え、僕らはお腹いっぱいになった。膨らんだお腹をさすって大満足だ。
「ふう、じゃ、そろそろ出ようか」
「あっ、悠真くん、口に青のりが」
「ん? この辺?」
「いえ、違います。ちょっとごめんなさい、じっとしててください」
彼女がナプキンを持ったまま、身を乗り出して僕の口を拭いてくれた。
「はい、これでいいですよ」
「ありがとう。でも、なんだか子供みたいで恥ずかしいなあ」
「ふふ、まだまだ悠真くんは未成年ですからね」
「ええ? ひどいな。一応、高校生なんですけど」
「ふふっ」
「ははっ」
お勘定を済ませて、店を出る。
「ありがとござっしたぁー!」
店を出たが、そこに変な顔でフリーズしている制服姿の真夜がいた。真夜もお好み焼きを食べに来たようだが……
「真夜、お前、どうかしたのか」
「な、なな、ななななな」
「ななななな?」
何のことを言っているのか意味がわからない。
「なっ、なんで悠真と鈴崎がキスしてるんだよ!」
「えっ!?」
「いやいや、待て、僕らはそんなことはしてないぞ?」
「いやだって、さっき店の中でお前ら……」
「ははぁ、ナプキンで口を拭いてもらったのがそう見えたんだろう。誤解だぞ」
何だか凄い勘違いをしているようなので、僕は落ち着き払って説明しておく。
「そそそ、そうですよ。私達、兄妹なんですから、そんなこと、するわけないですっ!」
葵は力いっぱい否定してくれたが、ちょっと慌てすぎだな。
「あー、なんだそういうことか、うっわ、変な汗が出た。びっくりしたぁ」
真夜が大きく息を吐くが、相変わらずそそっかしいヤツだ。
「ところで真夜、今帰りか?」
「ああ、そうだぞ」
「バスケ部は?」
「今日の練習は早上がりなんだ。明日、大会があるしな」
うちの学校の運動部はどれも県大会出場止まりでそれほどレベルは高くないが、真夜は熱心に練習に打ち込んでいる様子だ。
「そっか。ま、頑張れよ」
「おう。さて、帰ってちょっくら自主練で調整するか。じゃーな! 二人とも!」
「ああ」「はい」
ダッシュで帰っていく真夜はエネルギーが有り余っているようだ。
「じゃ、僕らも帰ろう」
「はい」
僕と葵は、時々お互いの顔を見つめながら、夕焼け色に染まっていく街中を歩いて帰宅した。




