●第四話 初デート(2)
『僕は、絶対にこの手を離さない。たとえ、何があろうとも』
『私も絶対に、あなたから離れたりしないわ。たとえ、どんなことがあろうとも』
しかし……そういうシーンがくると予想していたがまさか開始五分で恋に落ちて濃厚なキスシーンが始まるとは思っていなかった。おかしいだろ。出会って五分はいくらなんでもおかしい。隣の鈴崎がこのデートをどう思っているのかが気になりすぎて、まったく映画のストーリーが頭に入ってこない。上映時間がどれくらいか見逃してしまったが、最低でも一時間はこのあとじっと二人で座ってこの空間に耐えなければならないのだ。どんな拷問だよ。
ああ、しくじった……。せめてB級アクションなら、つまらなくても適当に眺めていればこんな変な気分にならずにすんだのに。鈴崎に謝りたかったが、映画の上映中にお喋りはまずいだろうし、今も濃厚なキスシーンの最中である。なげーよ。何分キスをするんだよ。気まずい……。
鈴崎はじっと黙ったまま微動だにしない。彼女がどんな表情でこの映画を見ているのかはわからないし、確かめる勇気も出ない。
どれだけの時間が過ぎ去ったかよくわからないが、ようやく拷問映画が終わり、僕と鈴崎は深い深いため息を吐いた。
「ふぅー。じゃ、出ようか」
「うん……」
あーあ、嫌われた。どういうチョイスだよ。最低でも映画の内容を確認しておくべきだった。でも、内容はあんまりサイトでは紹介されてなかったんだよな。もっとピュアな恋愛物語だと思ったのに騙された。しかも主人公の男が二股をかけているプレイボーイで、どうしようもないクソ野郎だったとか、二人が破局して終わるとか、デートで見る映画としては本当に最悪のものと言っていい。
「あの、さ」
「は、はい」
「そこの、喫茶店に寄ろうと思ってたんだけど、鈴崎さんは、どう……かな?」
「ごめんなさい。私、もう帰ります」
――なんて言い出されないかと、僕は恐る恐る提案した。
「はい、いいと思います」
あっさりと了承してもらえた。やっぱり鈴崎はあまり自己主張しない人物、断れないタイプのようだ。となると、ますます僕のエスコートが重要になる。彼女に嫌な思いはさせたくないし。
だが、この店なら大丈夫だろう。ネットの口コミで女子高生に人気のお洒落なお店、だからな。真夜もここがおいしいと言っていたし、間違いは無い。
二人用の洒落た白い丸テーブルに二人で座る。
「ご注文は?」
「ブレンドコーヒーを」
ウェイトレスの問いかけに僕は、両肘を付いた作戦中の某司令官のように、ちょっとだけ格好を付けて答えた。
普段はココアなのだが、子供っぽいと思われても困るからな。でも僕はブラックコーヒーを飲めないので、そこまで背伸びはしない。あれを飲むと頭痛がしてくるし。
「私も、同じ物を」
「ブレンド二つ。ご注文は以上ですね。では、ごゆっくり」
ブレンドコーヒーが来るまで、僕と鈴崎は一言も口を利かなかった。
散々なデートだ。
どうしてこうなった。今すぐすべてを投げ出して逃げ帰りたい。
内心で泣き出しそうになりながら、ミルクと砂糖を少なめに入れ、僕は格好を付けたままコーヒーカップのコーヒーをすする。
しかし――その味はびっくりするほどおいしかった。
上品なコーヒー豆の良い香りが鼻腔を突き、温かい液体が喉を通るとそれまでの体の緊張をあっという間に解きほぐしてくれる。格別という言葉がぴったりの味だ。
「おいしい……」
鈴崎も一口飲んで、両手でコーヒーカップをつかんだままで言う。
「うん、おいしいね。ここにして良かったよ」
ありがとう、真夜。僕は幼なじみに感謝した。
「そうですね。初めて来ましたけど、良い雰囲気のお店だと思います。冬月くんはここによく来るんですか?」
「いや、友達がおいしいって教えてくれてたけど、来たのは初めてだね」
「そうですか。ふふっ」
微笑んだ鈴崎は機嫌を直してくれたようで一安心だ。
普通に会話もできた。
なら……そうだな、ここで謝っておくか。
「ごめんね、鈴崎さん。あんな映画だとは知らなくて」
「あ、いえ、私も、知らなくて。あんな……」
そこで途切れて鈴崎が顔を赤らめる。あの濃厚なキスシーンを思い出したに違いない。
「ほ、本当に私、ストーリーは知らなかったですから!」
鈴崎がちょっと前のめりになって訴える。
「大丈夫、それはわかってるよ」
知っていたら、鈴崎だって別のが良いとか、はっきりそうだと言わなくてもニュアンスは違っていたはずだ。間違ってもあんな無駄に濡れ場が有りまくりの映画を、無邪気に楽しみなんて言う子じゃないし。
「ふふっ……ははっ」
「ふふふっ」
僕らは急におかしくなって、笑い出す羽目になった。でも、鈴崎とはこれで打ち解けたような気がする。映画は失敗したけど、これで良かったのかも。
「じゃ、また。鈴崎さん」
「はい、また、冬月くん」
僕らは喫茶店を出たあと、その場で解散した。
少し会話をしただけで、手もつないでいないが、それでも初デートは上々の気がしていた。
だって、僕らの恋愛はまだ始まったばかりなのだから。




