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その2 ようこそ、男の園へ

 大陸の覇者、偉大なるサンシール王国。

 その都ルーシェンに、王国の象徴たる黄金宮殿がある。

 その、さらに奥深く。後宮である銀月宮は国王が寵愛する男しか存在が許されない特殊な空間だ。

 千人近い侍男が日々の営みのために一糸乱れず動いており、彼らが仕える十何人かの美男や美少年たちが後宮に華を競っている。



「……なにかが間違っています」



 銀月宮の、はずれの一角。

 荷ほどきを終えた広い房室へやの真ん中で、わたしは頭を抱えた。



「なんで男なんですか! なんで男しかいないんですか! 後宮ですよ! ハーレムなんですよ! 意味がわかりません!」


「よろしいではありませんか、レニ様」



 あまりの理不尽に叫ぶわたしに対して、侍女のアラは超笑顔である。



「たしかに最初は驚きましたが、慣れてみると心地よい場所ではありませんか」


「頭腐ってるんですかアラさんっ!? 周りじゅう男だらけで落ちつけるわけないじゃないですか!」


「なぜですか? 四六時中どっちを向いても見目麗しい殿方しかいない空間! これこそアラが求めていた理想郷ですっ! とくに侍従長! あのダンディなオジサマ! アラの好みドストライクですっ! 根性腐った腐れビッチどもの巣窟に放り込まれたかと思いきや、この素晴らしい環境! ああっ! アラは神に感謝いたしますっ!」



 だめだこいつ。

 テンション高くまくし立てる駄侍女に、味方など存在しないことを再確認して頭痛を覚える。



「……アラさん、ちょっと落ち着きたいので、お茶をれてくださいな」







 アッシム産の茶葉で淹れた琥珀色の茶に砂糖とミルクをたっぷりと入れ、香りとともにゆっくりと味わう。

 脳に糖分が補給されたせいか、すこしだけ、思考がはっきりとしてきた。


 さて、後宮が男だらけというのは、理解しにくいけれど王様の性癖ということで、まあわかる。

 でも、なぜ、男ばかりの後宮に女を入れる気になったか。なぜわたしを選んだのか。そのあたり、知っておくべきだと思う。


 本当なら、侍女のアラに情報収集を任せたいのだけれど……ダメ。速攻でたらしこまれて帰って来ない未来が目に浮かぶ。



「あらあらレニ様、なんですかそのアラの人格に懐疑を抱くような視線は」


「……疑いようもなく、アラさんは残念な人です」



 ため息をつく。

 さて、これからどうしたものかと考えていると、ふいに来客の報せがあった。


 侍女に対応を任せること、しばし。



「レニ様、美男子イケメンですよ! すごい美男子イケメンがいらっしゃいました!」



 キラキラした笑顔で戻ってきた駄侍女に、頭が痛くなる。

 頼れるのはあなたしかいないんだから、お願いだから真っ当に侍女してほしい。



「……イケメンじゃわかりません。どなたですか?」


「メッシ・ブレナス様です。後宮で房室へやを与えられた――王様の夜の寵愛を得たお一人です」


「生々しく言わないでくださいましお願いですから……ブレナス? その家名、なんとなく聞きおぼえが」



 ふむ。と首をかしげる。

 名家でないのは間違いないけれど、記憶の琴線に触れる家名だ。



「この、アラ秘蔵の結婚相手物色用マル秘アイテム、サンシール王国家名録によりますれば……」


「なんですかその謎アイテム」


「これによると、ブレナス家は王宮医師の家系ですね。身分は低いですが、役目がら王様の目にとまることが多いので、それで見初みそめられたのでしょう」


「あんまり聞きたくないです……と、そのメッシ様が、なに用でいらっしゃったのですか?」


「あらたに後宮入りされたレニ様にごあいさつしたい。房室へやにお邪魔するわけにはいかないので、ひと目のある庭園に席をしつらえてお待ちしています、と」



 ふむふむ、なるほど。



「おそらくは様子見……とはいえ、風当たりはそれほど悪くないようですわね」


「どういうことです?」



 色ぼけてて考えを放棄してましたね。

 首をかしげたアラに、わたしは説明する。



「王に房室をいただいた者同士とはいえ、女の房室に男が訪れては、世間体にキズがつくのは避けられません。それを避ける程度の配慮が相手にはある、ということです」


「相変わらずお姫様は察しがいいのか悪いのか、理解に苦しむ頭の造りをしておられますね……ともあれ、受けてもよろしいんですね?」


「ええ。どのみち、銀月宮ここで生きていかなきゃいけないのです。なら、すこしでも人づきあいして居心地良くしたいじゃないですか……それに、医師の家系の方なら、希少な鉱物や薬品なども持ってらっしゃるかもしれませんし」


「なぜでしょう。アラは最後の言葉こそがレニ様の本音だと確信してしまいました」







 王国中の奇岩名木きがんめいぼくを連ねた銀月宮の大庭園は、季節柄、種々の桜が満開となっており、そのうつくしさを競っている。


 八節に曲がる水龍のごとき桜の木の下。

 赤い毛氈フェルトの上に置かれた、簡易の組机と椅子。

 その上を銀の茶器で彩って、メッシ・ブレナスはわたしたちを迎えた。



「急にお呼び立てして申し訳ありません。ようこそおいでくださいました。レニ・ハートランド様」



 銀髪に、色素が抜け落ちたような白い肌。

 赤みを帯びたブラウンの瞳は、どこか病的な印象だ。

 鋭角に整った顔立ちだが、目尻がすこし下がっており、そこに妙な甘さがある。


 そんな彼にうながされて、わたしは席に着いた。

 かたわらに控えるアラの眼はすでにハートマークになっている。自重して欲しい。



「初めてお目にかかります。私はブレナス家のメッシ。もったいなくも国王陛下より後宮の一室を与えられております」


「初めまして。ハートランド家のレニですわ。このたび陛下より後宮に一室を賜りました」



 男相手にこんな会話をしていることに激しい違和感を覚えながら、わたしは形式的な挨拶を交わす。



「――殿方ばかりの場所に女の身でお召しいただき、とまどっていたところで、こうしてメッシ様に歓迎いただいて、救われた思いですわ」


「で、あろうと思っておりました。レニ様、ご存じのように貴女はこの後宮では異物。ひとつ間違えばその身を害することも起こりえます。そこで、老婆心ながらこの後宮についてお話できればと、失礼ながらお呼び立てした次第です」



 口の端から誠実さがこぼれている。

 うん。この人やさしい。いい人だ。

 気づかいの行き届いた茶席を見ても、それがわかる。


 だから、わたしは素直に質問をぶつけることにした。



「では、率直にお尋ねしますけれど……なぜ、後宮が男ばかりなんですか」


「それは、その。国王陛下が男色の趣味でらっしゃるので……」



 ちょっと直球すぎた。

 お願いだから頬を染めないでほしい。



「それにしても、なんと申しますか。豪快ですのね」



 男大好きだから後宮に美男美少年集めてやりたい放題するぜ―、とか、本当に豪快すぎる。

 まわりの人間は止めなかったんだろうか。



「幼いころから、こうと決めればテコでも動かない方でした」



 おやおや新情報。

 兄さまは、王様が頑固だとは言ってなかった。兄の知らない国王の一面、ということか。


 ともあれ、彼の懐かしげな表情に、わたしは疑問を覚える。



「メッシ様は、陛下を幼いころからご存じですの?」


「ええ。ブレナス家は王宮医師の家系。私は父とともに、幼いころから陛下にお仕えしてまいりました」



 なるほど。この人は王様の、言わば幼馴染か。

 そして、国王が即位してからは後宮で仕えている、と。

 そういう趣味がないのなら、ちょっとした悲劇っぽいのだけれど、この人が王様を語る時の甘さを考えれば……こっちもそっちの趣味ホモらしい。


 もう、なんというか、できればわたしの知らないところで幸せに暮らしていただきたい。

 それからアラさんさっきから息が荒い自重してください。



「……メッシ様、女のわたくしがなぜ、後宮に召されたのでしょうか?」



 と、わたしは居ずまいを正して尋ねた。

 この際、わたしの立ち位置を知っておきたい。

 だが、わたしの質問に、彼は困ったように眉をひそめる。



「すみません。くわしくは存じておりません……しかし、陛下自らのお声掛けであるのは間違いありません」



 となると、ますますわたしの立ち位置がわからない。

 たとえば王様の行く末を心配した年長の王族の人なり宰相なりが無理やりあてがったというのなら、まだ理解できるのだけれど……


 考えていると、彼は言葉をつけ加えた。



「陛下は貴女の兄君をことのほかお気に召されていた様子で」



 代わりか。

 兄さまの代わりなのか。


 たしかに似てるけど、それは兄さまが女顔なだけで私が男っぽいわけじゃないやい。



 ――王様ぶん殴りてぇ、ですわ。



 頭の中で物騒なことを考えながらも、わたしは引きつった笑顔で話題を移した。

 相手も造詣が深いであろう、薬品や鉱物の話をしていたらドン引かれた。解せぬ。





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