その13 男の園よ、永遠なれ!(完)
さて、嵐のような政変から半月ほど。
政変の後かたづけがようやく落ち着いたころ。
後宮に研究施設が出来ました。
「約束だからな。まずそこから始めなくては、レニ殿に申し訳が立たぬ」
おい思い出させるなED王。
でもいいや大好き。王様大好き。ラボ万歳! ひゃっほーい!
「……侍女よ。レニ殿がおかしいのだが」
「レニ様が実験がらみで奇行に走るのはいつものことでございます。国王陛下」
すまし顔の侍女に好き放題言われている気がする。
あんまりわたしの日常をばらすとこっちも普段の言動をばらすぞ。銀髪の医師に。
あの事件の後、後宮に戻った時、メッシの治療を受けたアラは、あっという間に陥落。
肉食獣の眼光で日々彼を狙っているのだが、王様一筋の銀髪はまるで眼中にない。正直無理だと思う。
「あら、立派な建物が出来たじゃない」
と、言いながらやってきたのは紫髪の女装の麗人、リリシス。
退廃的な美女を思わせる顔に妖艶な笑みを浮かべながら、侍男たちを引き連れての登場である。
「リリシス殿」
「リリシス様」
「陛下、レニ様、ご機嫌麗しゅう。らぼが出来たというので、見物に来させてもらったわ」
言いながらウインク。
なぜこの人は男なんだろうか。
「それから、お祝いもね」
と、女装の麗人は背後の侍男たちをうながす。
彼らが持つ荷物がつぎつぎと広げられ……わたしは目を輝かせた。
「これは、銅に鉄、含閃鉱……こんなに精製度の高いものを……それに、こっちは丹砂に硫黄に水金! こっちの陶器に入ってるのは赫酸! 龍涎まで! リリシス様、こちらは!?」
「約束してたでしょ? プレゼントよ」
「リリシス様ステキ! 大好き!」
「あら、ありがとう」
目を輝かせてお礼を言うと、女装の麗人はくすりと笑う。
王様が面白くなさそうに眉をひそめた。
「リリシス殿。政変も終わり、卿も表だって動ける立場になったであろう……なぜ銀月宮から出ぬのだ」
「あら? 出てもいいのかしら?」
女装の麗人は艶のある唇に指先を当て、小首をかしげる。
「宰相閣下無きあと、後宮から侍男を追い出してあらたに侍女を入れれば、陛下に逆恨みした人間が紛れ込んじゃうかもしれないわよ? またレニ様を危険な目にあわせたいの?」
「ぐ、む」
王様が言葉に詰まった。
リリシスの言葉通り、後宮を運営できる――千人規模の人間を新たに集めて、変な人間が混ざらないはずがない。
身の安全を考えるなら、これからゆっくりと、時間をかけて、信頼できる侍女を慎重に集めて行くしかないのだ。
だからこの男だらけの奇怪な後宮は、当分存続していくことになる。
リリシスを始め、銀髪の医師メッシ、氷の貴公子セフィラス、赤毛の武人アレイなど、今回の政変の功績で、宮廷で高位に登った人たちまで銀月宮に居ついているのは謎だけど。やはりホモなのか。
考えていると、女装の麗人がいたずらっぽく微笑んだ。
「そ・れ・と・も――妬いてるのかしら? レニ様に他の男を近づけたくない! みたいな? 信頼していただけなくて哀しいわー。あんなに愛し合った仲ですのに」
「おい、悪質な捏造は止めぬか! レニ殿も、ああやっぱり、みたいな顔をするのは止めよ!」
悲鳴をあげる王様に、わたしは冷静に応じる。
「陛下。それは被害妄想ですわ。後ろめたいところがあるからそんなことを考えてしまうのでは?」
「やはり疑っておるではないか! 余は潔白だ!」
「ああ。関係を結ぶ能力がありませんものね」
「レニ殿! それは違う! あれは事故だ! 間違いだ! 望みとあらば今夜にでも余が役に立つ男だと証明して見せよう!」
焦って、なんというか、情熱的なことをのたまう王様。
でも、もう一回トライして無理だったら、わたしもう立ち直れないと思う。
それも兄さまがわたしそっくりな顔をしてるのが悪い。おのれ兄さま許すまじ。
「陛下。お察しするけれど、焦って挑むと余計に失敗しちゃうわよ?」
「黙れきっとうまくいく! レニ殿の立后の儀も急がねばならぬのだ! こんなところでつまずいて何とするか! 余は大陸の覇者、偉大なるサンシール王国の王! アウザー・アウグストなるぞ!」
なんというか、我の張り方が外祖父であるところの先代宰相にそっくりだ。
ちなみに過渡期の処置として、現在、一時的にお父さまが宰相の座についている。
きっと何事もはっきりしない、空気のように存在感の薄い宰相になることだろう。
だけど、氷の貴公子セフィラスを筆頭にした才能あふれる若手たちがその能力を活かすには、ひょっとしたら、ああいうクセモノの年長者が必要なのかもしれない。
と、侍女がぴくりと耳を動かした。
「むっ、赤毛センサーに反応あり! レニ様、ただちに邪魔者を排除してきます!」
「アラさん待って。必要ないですから……それよりこの素晴らしい光景を見ながら、みんなでお茶会にしましょう」
「……素晴らしい?」
王様はけげんな顔をしている。
そびえ立つ実験施設に種々の鉱物薬品の類。
それに囲まれてお茶会。うん。超ステキ。まったく否定するところなどない。
「せっかくだけど、あたし、この後用事があるのよ。侍男たちには、荷物をらぼに運ぶよう言いつけておくから。ごめんなさいね?」
やけにあわてた様子で、女装の麗人そそくさと帰ってしまった。
「レニ様! アラが赤毛を追い返してまいりましたよ! セフィラス様もいっしょに帰ってしまわれたのは残念ですけれど!」
ほめてほめて、と、満足そうな感じで帰ってくる侍女。
なんというか、間が悪い。
「レニ殿。それでは余と二人で、茶を飲まぬか……未来のことなど語りながら……」
王様が、おもむろに提案してくる。
照れた様子はあまりない。大真面目だ。
そっか。
陛下が王様で。
わたしがお妃さま。
――夫婦に、なるんですわね。
そう思うと、急に意識してしまう。
まだ実感ないけど。実感わくようなことしてくれてないけど。おのれ。
と、恨み事はさておき、侍女に茶の席を用意してもらう。
新緑の季節。若葉の緑あふれる庭園にそびえ立つ、微妙にまがまがしいラボと、ごろごろ転がっている鉱石や薬品壺。
――なんて雅な風景でしょう。
うっとりしながら、お茶を飲む。
このすがすがしい気分に合わせて、用意されたのは緑茶だ。
朝顔の花のような白磁の器に、若芽のような黄緑色のお茶。なぜか無性に抹茶パフェが食べたくなってくる。
「それにしても、陛下。あらためて考えると、銀月宮は奇怪な空間ですわね」
砂糖菓子をついばみながら、わたしはしみじみとつぶやいた。
千人近い侍男が日々の営みのために一糸乱れず動いており、彼らが仕える十何人かの美男や美少年たちが後宮に華を競っている。
慣れてしまったが、あらためて考えるとひどすぎる。
「レニ殿よ。そういじめてくれるな。余とて悩んだ末に決めたことなのだ。まあ、政変後も存続させるはめになるとは思わなかったが……」
「別に陛下を当てこするつもりはありませんわよ? 慣れてくるとそういうものだと思うようになりましたし……やっぱり落ち着きはしませんが」
「落ちつく、などと言われては余も困る」
「アラさん。言われておりますわよ」
「アラに話を振らないでください。返答に困ります」
ここは至福の空間だ、と熱く語っていた侍女だが、さすがにそれを王様の前で言う勇気はないらしい。当たり前か。
「ともあれだ。三年、ここで過ごした。いずれ無くなるとなると、寂しいのもたしかだ。男所帯はなにかと楽でもあったしな」
「やはり……」
「レニ殿、やはりではない! たのむから余を執拗に男色趣味扱いせんでくれ!」
「しかし、そうと思って見てみると、銀髪の医師様も氷の貴公子様も、赤毛の武人様も、みんな同性愛者に見えてくるから不思議なものです」
「頼むから友情や忠義の情を偏見に満ちた目で穢さんでくれ!」
王様が悲鳴をあげる。
その様子に、くすりと笑いながら、わたしは思う。
――実験は大大大好きですけれど、この奇妙な後宮で、王様とこうしている時間も、楽しいかもしれません。
これから始まる、この国にとっての春の訪れを感じながら。
わたしは思わず微笑んで。それを見た王様も、大きな口を――笑みの形に、つり上げた。
おしまい!
後宮に入ったらわたし以外全員男だった!? 全十三話、おつき合いいただきありがとうございました!
最期までおつき合いいただき、ありがとうございますっ!
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