(閑話)リズベット 18歳 決意の春
大変申し訳ない
私はリズベット・エネス。男爵令嬢なの。母ゆずりの濃い蜂蜜色の髪と大きいおっぱいが自慢なのよ。
でも本当の自慢はね、半年前まで、あたしはリザ・ベイカーっていう名前で、金の牡鹿亭で看板娘だったことなの。平民から成りあがったわ。あたしったら、すごくない?
なんて。あたしの努力とかじゃないんだけどさ。えへへ。どうして急にお貴族様になれたかっていうと、母さんが男爵様に見初められて結婚して貰ったから。
後妻でもさ、平民から男爵夫人なんてすごいよね。
まぁ男爵様というか、母さんとあたしが働いてた金の牡鹿亭の一番偉い人なんだけどさ。その人に見初められたんだ。母さんがだけど。
あたしが生まれてすぐ父さんだった人は無責任にも死んじゃって、母さんは王都に仕事を探しにきた。で、この食堂の下働きになったんだって。そのまま真面目に働いて働いて働いて、あたしも一緒に働けるようになるころには、この辺りで一番おいしい料理が作れる人になってた。これも自慢。あたしの母さんすごいでしょ!
で。自分のお店をチェックして回ってた男爵様が母さんの作った煮込みの味に惚れ込んで何度も仕事抜きで通ってくるようになってぇ… なんと! 気が付いたら母さんの作った煮込みだけじゃなくて母さんまで食べられてたの。さすがあたしの自慢の母さんだよ!
しかも、つまみ食いじゃなくて正式にお迎えに来ちゃったんだから。ホント、みんな吃驚してたよ。あたしも吃驚しちゃった。だってあたしまで一緒に連れてってもらえたんだもん。フツー働ける歳になった子供なんかそのまま放置だよねぇ。太っ腹なひとだよ。さすがお貴族様だよね。
でもさ、前の日の夜まで、お客からのチップを少しでも多く貰えますようにって懸命におっぱい寄せて上げてたあたしが、お貴族様のご令嬢とかさ。笑っちゃうよね。
で、その日からあたしはリザじゃなくてリズベットになった。リザって名前だとお貴族様っぽくないんだって。だから、あたらしい父さんがそれっぽい似た名前っていって、リズベットって名付けてくれた。まぁね、あんまり違う響きの名前で呼ばれても返事できないかもだしね。
母さんが結婚して姓もエネスに変わったし、名前もあたらしい父さんから貰っちゃったし、あたしの見た目は母さん譲りだし。父さんだった人から貰ったものは何もなくなっちゃった。それだけがちょっとさみしい、かな。
おにいちゃんもできた。21歳も年上だからおにいちゃんっていうより伯父さんってカンジだけど。でね、この人が礼儀にうるさいんだ。ガンコだし。ほんと参る。うへぇってカンジ。つか母さんより年上だし。まぁあたらしい父さんは父さんというよりおじいちゃんっぽいしね。でもお貴族様だしね。お金持ちだし。それがすべてでしょ。
でもさ、お貴族様やるのって結構大変だった。想像と全然ちがうの。綺麗なドレスを着て、美味しいゴハン食べてるだけじゃないんだねー。勉強ばっかさせられてさぁ。たいへんなんだよー。マナーのこと考えながら食べるご飯はあんまり美味しくない気がする。うん。
こちとら文字書くのだってあやしいっつーの。あ、計算は早いよ! お客さんには「お釣りはチップにとっときな」って言ってくれる人がいるからね。えへへ。いいよね、チップ。
まぁもうチップなんて貰うことないんだろうけど。払う方になっちゃったっぽい。払いたくないなぁ。
で、半年くらい家庭教師に絞られた後、貴族の子供がみんな行かなくちゃいけないっていう学校に押し込まれたのね。そこで本当にびっくりしたよ! なんかね、美男美女だらけなの。きらきらしてる。皆同じ制服っていう服を着てるのに、なんか私と全然違うんだよね。嫌になっちゃうよ。私だって蜂蜜色の髪もピンク色の瞳も下町では可愛いって評判で、男はみんなあたしを振り向かせたくて懸命だったのにさ。ここでのあたしってばフツー以下だった。自分にがっかりだよ。
行きたくないっていったけど、貴族のこどもは皆いかないとダメなんだってさ。いっとかないと、その後のお付き合いからはじき出されちゃうんだって。めんどい。
それともっと吃驚したのが同じ学年にこの国の王子様がいたこと!
陽に透けるくらい色の薄い金色の髪をしてて、濃い碧色の瞳をしたキラキラ王子様。肌とかあたしよりずっと白いの。寂し気な表情がそそるんだわぁ。下町には絶対にいないタイプ。でもって笑うとすっごく可愛いの。あんまり笑わないんだけどさ。
で! そこで私は気が付いた。これ、もしかしてあたしってば王子様と結婚できちゃうんじゃないのって。
だって、平民の母さんがお貴族様と結婚できたんだもん。お貴族様になった今のあたしなら王子様と結婚してお姫さまになることだってできちゃうんじゃないの? それって、すごくいいよね!
お姫さまになったら上にいるのなんか王様とお后様と王子様本人くらいでしょ? そしたらごはんの食べ方とか歩き方とか、つまんないことで怒られることもあんまりなくなるんじゃないかなって思うのよね。王子様もあたしにメロメロになったら怒ったりしないだろうし。
それって玉の輿ってヤツだよね、母さんが男爵様と結婚するって決まった時、みんなに言われてた。あたしも玉の輿に乗る、そう決めた。
おにいちゃんにもそう言ったら「王子様にはお美しい婚約者様がいるしお前には無理だよ」って言われて火が付いた。絶対に王子様と結婚してやるんだからって思ったね。
だから私は王子様と仲良くなることにした。美人の婚約者がいたって関係ない。ぜんぜん仲良くないっぽいし。だって一度もその婚約者のご令嬢とやらと一緒にいるとこ見たことないし。なら私が王子様の愛を射止めたらいけると思うんだよね。うんうん。そしたらきっと王子様ももっと笑ってくれるようになると思うんだ。せっかく可愛いのにもったいないじゃん。
婚約者も別に王子様のこと好きじゃないっぽいし、あたらしい恋を見つけるといいと思うの、あたしの王子様以外とで。良いことづくめだと思うのよね。
まずは王子様に声を掛けてもらうべく、いろいろ仕掛けてみた。ハンカチ落としは駄目だった。気づいて貰えなくてしかも踏んづけられた。転んだ振りして助けてもらおうとしたら他のもっと近くにいる人に助けられちゃって失敗した。
そうして、3度目に窓から靴投げて「落ちて困ってる」っていう作戦がようやく成功した。私に笑いかけてくれたんだよ。すっごく可愛い笑顔だったぁ。眼福だったなぁ。でもダンスシューズの踵が壊れちゃって、あたらしい父さんに滅茶苦茶怒られちゃったけど。我ながら捨て身だわぁ。でもいいのよ、成功したんだから。
順調に仲良くなっていると思う。最近は、王子様の側近イケメンたちも私と一緒に楽しくご飯たべたりしてくれるようになった。王子様が傍にいなくても高位貴族のイケメンが私の傍にいつもいてくれるんだよ。これってハーレム状態っていうんじゃないかしら。うふふ。
今度、王子様が外に遊びに行くのにつれてってもらえる約束もできたんだ。遊びっていっても観劇とかじゃなくて美術館とか貴族学院じゃない他の学校だったりするのは、さすが王子様ってカンジ。お上品なのね。いつかもっと仲良くなったら、私がいきたいところに連れてってくれるかな。あたしが連れてってほしいような所に一緒にいってくれるようになったら、もう落としたも同然かなっておもうんだけど、さすがにまだ無理みたい。でもがんばるわ。
もし王子様と結婚するのが無理でも、ここにいるの全員お貴族様だもんね。誰でもいいな。みんなイケメンだし。きっとみんなお金持ちだよね。うふ。
でもでも! やっぱり狙うならテッペンよね! だから、邪魔な婚約者には早く退場して貰わなくちゃだめなのよ。
下町に暮らしてた時のご近所のおねーさんも、「恋は戦争よ。勝てば正義なの」っていってたし。婚約してるからって油断してる方がまちがいなのよ。
平民根性みせてやるんだから。覚悟してよね、上品ぶった婚約者さん。
計画は上手くいっていた。
フィーリア様に怒られたってしょげて見せることから始めて、フィーリア様に水を掛けられたって仄めかしてみたり(言い切ってないもん)、フィーリア様(に怒られた)のせいで階段から落ちて(自分で暴れて)怪我をしたって泣いてみせたり。
その都度、殿下は私を慰めてくれた。イケメン側近たちは「私たちが証拠を固めておきますね」って言ってくれた。チョロいって思っちゃったのは内緒なのよ。
そうしてついに私はやったのよ!
「このまま卒業したら、僕は婚約者と愛のない結婚をしないといけなくなる。
だからリズ、僕に協力してくれないか。
僕の婚約を破棄するために──、そして君との未来を掴むために」
玉の輿ゲットよ! やったわ。皆も協力してくれるっていってたし。これで幸せになれる、そう信じたのよ。
それなのに……
平民になるって、どういうことなの?
悪い王子様を愛してもいない邪魔な婚約者との婚約をなくして、
王子様と結婚できたら、私はお姫さまになれるんじゃないの?
誰よりも幸せになれる、そう信じてたのに。
平民になった殿下なんて、王子様じゃなくなったら
結婚する意味なんてないじゃない!
ひどいひどいひどいひどい
騙された!!
だから私は一目散に走って逃げだした。
平民の嫁になんかならないで済むように。
失礼しました。とほほ




