8、サリオ 18歳 それは真実の愛のために
本日2話目のUPなのです。
読む順番にご注意くださいませ。
と、いう訳で──
僕はぐっとお腹の底に力を込めて、出しなれない大きな声でフィーリアを糾弾した。
「貴様が、可愛いリズベットが僕の寵愛を受けることに嫉妬し、貶し、嫌がらせの数々を行ってきたことは判っている」
びっと指さし言い切る。
「私は、リズベット嬢に対して、お相手の男性に婚約者がいるいないにかかわらず、貴族令嬢としての慎みをもって男性にむやみに触れてはいけないのですよ、とお諫めした記憶はありますが、嫌がらせなどをした記憶はまったくございません」
「嘘を吐くな! お前はリズの制服に水を掛けたり、あまつさえ階段から突き落としたことまで! なにが理想の令嬢だ。とんだ悪女じゃないか」
「まったく身に覚えがありません。なにか私がやったという証拠があるのですか?」
すごいな、さすがフィーリアだ。少しも怯んだりしないんだなぁなんて感心しちゃった。
でも感心してる場合ではないのだ。迫力で負けないよう、頑張らねば。
「貴様、リズが嘘を吐いているとでもいうのか」
「フィーリア様、お顔が怖いですぅ。素直に謝ってくれたら、私だってちゃんと謝罪を受け入れて、許してあげますのに」
なんて優しくいじらしいことを言うのだろう。僕は愛しい少女の肩をぐっと抱き寄せながらそっと声を掛けた。
「リズベット、大丈夫だよ。僕がちゃんと君の心を守るからね」
「殿下…」
じっと見つめあう。手の中に感じるリズの温かさに励まされる思いだった。最後までやり切ろうと思った。いや、絶対にやり切るんだ。
「2人の世界に浸るのもよろしいですが、その前に、私がリズベット嬢に対して水を掛けたり階段から突き落としたという証拠をお示しください」
フィーリアが仕切り直しを要求する。うん、冷静だね、さすがだよ。
「ほんと無粋な女だな。あれは夏季休暇にはいる直前だった。お前がリズベットにバケツででも水を掛けたんだろう」
「殿下、私は証拠を、と申しております」
睨みあう。元婚約者の瞳には怜悧な光が宿っていた。そんな瞳で睨みつけられても僕だってこんなところで引くわけにはいかないのだ。
「フィーリア嬢、陛下よりサリオ殿下の学友として拝命したクレイヴン伯爵家が二男ジェフリーです。
この水掛け事件について、私から報告させていただいてよろしいでしょうか」
滑る様な足取りで前にでてきたジェフリーが、まるで愛を唄うような甘やかな声で話し出した。
「マナーの授業を『俺は王族。つまりは俺がマナーだ』とされ自主休講され中庭で寝ていた殿下が時間を見計らって教室に戻ろうとしたところに、制服の上着を濡らしたリズベット嬢が現れ『フィーリア様が…フィーリア様のせいで』と嘘泣きをしたのが7月15日金曜の午後2時45分頃。
そして、この時のフィーリア様は、そのマナー教室にてみんなのお手本として参加され、一挙手一投足を参加していたクラス全員の熱い称賛の視線を一身に浴びられており、2時50分に授業が終わった後も大勢の同級生から質問を受けながら一度教室に戻られた。この時間3時05分。
そのまま皆で会話をしながら帰り支度を済まされ教室を出て、同級生クレア・ノリス嬢とマリ・アライズ嬢、そして隣のクラスのカルロス・トーラス前生徒会長ととともに午後3時20分生徒会室へ移動し、前生徒会副会長として引き継ぎ作業をしています。ちなみに解散時間は4時45分でした。
何をいいたいのかといえば、この日この時、フィーリア嬢にリズベット嬢に水を掛けることは不可能だった、と」
各生徒の証言を集め、証拠としてサインもここに──ジェフリーが書類の束を手にかざした。
「あの…クレイヴン様、それは私の罪の証拠ではなく、無罪の証拠、ではありませんか?」
フィーリアがためらいがちに突っ込みをいれる。律儀か。
「はい。勿論です、フィーリア嬢。ついでにいえば」
ここでなぜためるのか。
「?」
「事件が起こったのは午後2時45分より前となります。殿下はマナー教室をサボ…自主休講されて中庭で寝られていた訳ですが、リズベット嬢は歴史の授業中でした。お二人とも中庭にいらしたわけですが」
どういうことでしょうね、と笑った顔が怖い。笑顔なのに怖い。というか、その情報はいるのかといいたい。
しかしどう考えてもその情報量、ストーカー並だろ。前もってこの日この時と判っていて調査した結果ならともかく、あとから遡って調べてここまで詳しく判るものだろうか。
本当に怖い男だ。いろんな意味で。
「ちょ、どういうこと?! ひどいじゃない、ジェフリー君。『証拠は私にお任せを』って言ってくれたから信じたのに。なんなのよ、これ」
「えぇ、ですからきちんとした調査を行い、証拠も集めました。
私は陛下に認められた、殿下の学友ですからね。有能さは誇示しないと、ね」
綺麗な笑顔で宣言されたリズベットは、つい見惚れて「そうですよねー」そう答えてしまった。それでいいのかと突っ込みたくなったけど、リズだしなぁ。はぁ。
「か、階段からリズが落ちた時はどうなんだ。あの時、リズは足を怪我したんだぞ」
気を取り直して話を戻すというか、話題をすり替えることにする。がんばれ、僕。
「そうですわ。怖かったですぅ、殿下」
「泣かなくていい、リズ。今度こそ大丈夫だ」
自分が嘘を吐いていると見破られているのが判っているのか、どうなのか。リズの態度からはいまいち判らないけど、もしかしたらリズは本当にフィーリアからされたって信じているのかもしれない。
ふとそう思いついた。
不安定な心は、そこにない悪意を勝手に見つけ出してしまうものなのかもしれない。それなら本当に可哀想なことだ。
「その時のことは俺から話させてください」
ガイが続きを引き受けてくれた。頭の中が混乱しかかってたから嬉しい。
「陛下よりサリオ殿下の学友を拝命したガイ・パニエルです。こちらの件は、リズベット嬢を保健室へと連れて行った当事者の一人として私から報告させて頂く」
そういって、ガイはフィーリアに頭を下げ話し始めた。
「実技訓練棟での実習が終わり、次の授業にギリギリになってしまったので胴衣のまま研究実験棟の階段を上っていた時でした。
上の階でフィーリア嬢とリズベット嬢がなにやら言い争う声が聞こえてきたんです」
ホラ見ろ、お前がリズに難癖付けてたんだろう犯人だと乗っかってみせる僕を手をあげて遮り、ガイが続ける。
「声が聞こえなくなって少しした頃でした。
階段の上に現れたリズベット嬢と目が合ったと思ったら、いきなり足を滑らせたのか体勢を崩して俺の方によろけてきたので、腕の中に受け止めることになったんです。
ちなみに、足の怪我というのはその時、俺の腕の中で急に身体をくねらせてきゃーきゃー騒ぎ出し、腕や足をばたつかせたリズベット嬢が階段脇の壁を蹴っ飛ばした結果ですね。
『痛い、骨が折れたに違いない、このまま抱き上げて保健室へ連れて行って』と騒ぐので、そうしたのですが、保険医の見立てでは骨折はなく、青タンになってただけでしたよ」
「青…打撲の原因がそれでも、言い争った挙句に激高したお前に、リズは突き飛ばされたんだろ!」
「激高してないと思いますね。正確に何を言っていたかまでは判りませんでしたが、冷静なフィーリア嬢の声と感情的に反論するリズベット嬢の声がしていたというのが正しいです」ガイから訂正が入る。
「しかし! リズはたしかにフィーリアのせいでって泣いてたんだぞ!!」
「そこは僕に任せて貰おうかな」
「…パッシィ」フィーリアの口から小さく、その愛称が零れ落ちた。
「やあ、フィリ。その愛称で僕を呼んでくれるのは久しぶりだね」
パーシバルが嬉しそうに笑う。
「失礼しました、リスター様」
「ちぇっ。戻った」艶やかなピンク色の唇を突き出して不満を訴える姿は、18歳という年齢の青年にしては驚くほど幼い。
「あの時、リズベット嬢はいきなり後ろから僕に抱きついたことをフィリに諫められたんだよ。『むやみに殿方に触れるのは淑女としてあるまじき行為ですよ』って」
ゴフッという野太い声がなにやら胸元あたりから響く。
「大丈夫か?」小さく訊けば、小刻みに首が縦に振られる。リズの顔色は、真っ赤になったり青くなったり忙しい。
「いやあの、パーシバル君、それはその……えっと」
「理化学講師の先生のところに質問に行って準備室からでてきたところだったから僕も反応が遅れちゃってさ。避けそこなっちゃったんだよね。まいったよー」
あははと明るく笑って言うパーシバルは妙に嬉しそうだった。僕はこんなに緊張してるのに。なんかずるい。
「で、フィリに怒られて憤慨したリズベット嬢が怒って、来た道をドスドスと戻って、怒りで足元がおろそかになったのか階段踏み外しちゃったんだよー。
──だからね、たしかに”フィリに怒られたせいで”階段を踏み外したともいえなくもない、のかもね」
「そんなの、詭弁だわ」
フィーリアは信じられないという顔をして、茫然と幼馴染を見つめていた。
領地が隣り合っていることもあり、水害で兄を亡くし、一人っ子となった幼いフィーリアにとって一番の仲良しで弟のような兄のような特別な幼馴染。
ずっと冷めた表情をしていたフィーリアが、今日はじめて、その身をかたかたと小さく震えさせながら、その衝撃に堪えていた。
「パーシバル・リスター様、フィーリア様に対してあまりな物言いではありませんか」
そのフィーリアの後ろから諫める声が掛かる。
幼い日の友情を失ったと、悲しみで暗くなっていたフィーリアの瞳へ、衷心に満ちたやさしい茶色い瞳が微笑みかけた。
「やあ、マリ。こんばんは。君ならもっと早くこの場に出てくると思ってたよ」
くすくすと笑って挨拶をされて、マリ・アライズ男爵令嬢はその眉を顰めた。
「リスター様」
しばし睨みあった後、パーシバルは両手をあげて降参のポーズをとった。
「はは。そうだね。その詭弁を成立させるなら、むしろ”僕がいたからこそ”リズベット嬢は僕に抱き着きたくなった。つまり、”僕のせいで”リズベット嬢はフィリに怒られて階段に落ちた、と言った方がいいくらいだと思うよねー」
「リオもそう思うでしょ?」にこやかにパーシバルが僕を振り返った。
「な、な、な…なんだそれは。なにがどう『そう思う』なんだ、パーシバル」
なにがどうなっているのか。ここからどう繋げばいいんだっけ。あれ、わかんないぞ。
「ですからね? リズベット嬢が階段から落ちた責任は僕にある、という罪の告白ですよ。
だって、ご令嬢というものは、婚約もしていない相手にいきなり抱き着いたりしないでしょ。
よっぽど僕のことを気に入っているってことですよねー」
無邪気に言い放つ。
なんだろう、この違和感、考えたくないことが頭に吹き上がりそうになって、僕のただでさえあんまりよくない頭は更なる混乱をきたしていた。
えーっと、えーっと。
僕は、フィーリアとパーシバルの未来をあるべき姿に戻したいのと、僕を好きすぎて不安定になっているリズを落ち着かせて2人の将来を手に入れるべく、僕とフィーリアの婚約を解消する事を決心した訳で。
だから、僕はリズの言い分を信じてるふりをしなくちゃいけなくて、それを信じる馬鹿王子で、でもフィーリアに冤罪を被せる訳にはいかないから、ジェフリー達が無罪の証拠を揃えてくれて…で、それでも僕はリズを信じて婚約破棄宣言を言い渡す、のでいい筈。それでいい筈、なんだけどさ。
ちゃんと計画をたてて、順序だてて、セリフもちゃんと考えてきたのに。そのはずだったのに…。
はくはくと言葉にならないまま呆然とした所に、さらなる声が追い打ちを掛けた。
「あーっと。そうでした、私としたことが一つ報告を忘れておりました」
ジェフリーだった。
わざとらしく手を打ち注目を集める。
「水掛事件について、よりによって一番大切な件を1つお伝え忘れておりました。
ここに、学園の生活カウンセリング担当員が、生徒たちから受けた相談をまとめた一冊の手帳があります」
ジェフリーの手で掲げられた薄い水色の表紙の手帳。使い込まれた痕の残るその手帳をぱらぱらと長い指がめくる。
「水掛け事件が起こったその翌日に、こういう相談があったようです。
《 水道の蛇口から直接水を飲んでいた女性がいたので『そんなことをしたら怒られますよ』と注意したら『誰から怒られるっていうのよ』と凄まれたので、つい、先日フィーリア様が殿下に注意してたのを見たといってしまった。『あの口煩い女かっ』そう言ってさらに怒り出しながらもその人は飲むのをやめた。その人はポケットの中を探りだしたけど、ハンカチを持っていなかったのか上着のポケットの辺りを水浸しにしながらまたなにか悪態を吐きつつ去っていった。怖すぎて眠れなくなった。また、あんなに怖い人に対して、不用意にフィーリア様の名前を使ってしまった。もしフィーリア様にご迷惑をお掛けすることになったらどうしよう 》だそうですよ、サリオ殿下」
「ハンカチも持たず、上着の裾で水気を拭く女ですよ。しかも怖い。すごい女がいるものですね?」
怪談にでてくる妖怪変化みたいですよね、と、サリオの腕の中にいるその人の顔をジェフリーはじーっと見つめた。
すると、なぜか視線の先にあったその顔はポッと頬を染め、潤んだピンク色の瞳で見つめ返してくる。「──うわ、本当に妖怪なのかな」誰かが震える声で呟いた。
見つめあうその視線を遮るように、僕は一段と大きな声を出した。
「う、うるさい! そもそもだな、このフィーリアは、僕の婚約者の座に置いて貰っていることに最大級の感謝もせず、毎日毎日令嬢としての慎みも礼節もわきまえずに僕に無礼な態度と物言いをしてくる。
そのこと自体に辟易しているっていってるんだーー!!」
混乱の極みに達していた、僕が破れかぶれに叫んだ。
「でも殿下、学校の授業はでないとダメです。板書や読本はできなくても、先生のお話を聞いている分には大丈夫なのでしょう? レポートも、図やイラストを多用すればもう少し殿下にも、もっと内容の濃いものが作成できると思うのです」
くっ。正論だ。こんな時でもフィーリアが正しくて泣けてくる。
「あーもう。煩いんだよ。フィーリア、お前のそういうところが嫌いなんだ。もういい。お前との婚約は破棄ったら破棄するんだ! 陛下の許可なんか下りなくても絶対にする! するったらするーー!!」
一気に言い切る。ちょっと息が上がって苦しくなったけど。もしかして最初からこれを叫ぶだけでよかったのかもしれないな。まごうことなき馬鹿王子だ。
「サリオ殿下…。殿下がそこまで言われるのなら仕方がありません。私としても、受け入れるしかなさそうです。父母には伝えておきますが、陛下へは殿下からお話を通しておいてくださいね」
フィーリアが諦めのため息を吐いて了承してくれた。ふう。これで第一段階完了、でいいのかな。
「殿下。これでわたし達に立ち塞がる障害は、なくなったんですね」
リズが嬉しそうにいう。晴れやかな笑顔が眩しい。よかった。これで心が落ち着いてくれるといいな。
「そうだ。幸せになろう、2人で」
思いを込めて見つめる。なのに、リズの視線がフィーリアに向かっていて、その顔がちょっと厭らしくみえてしまった。障害がなくなって、僕の腕の中にいるのに。なんであんな顔しなくちゃいけないんだろ。すっきりしないぞ、おかしいな。
「では、私はここで失礼しますわ」
フィーリアが頭を下げて出て行こうとしていた。
そこへ、ジェフリーが声を掛ける。
「フィーリア・デイマック伯爵令嬢。貴女にここでそのまま帰られては困りますね」
ため息を吐いて立ち止まったフィーリアの前に、僕の学友トリオが立ち塞がった。
「まだ、私に御用がありまして?」
これ以上なにを何癖つけられるのだろうと、フィーリアに緊張が奔る。
「フィーリア様、俺と結婚してください」
「フィーリア・デイマック伯爵令嬢、殿下との婚約が破棄された今、私の手を取っては頂けないでしょうか」
「フィリを笑顔にできるのは僕だと思うんだ。君の笑顔を、僕に一生守らせて欲しい」
3人が、一斉に跪いてフィーリアへの愛を請いだした。
「ちょ。お前ら、なんで全員で」
「だってパニエル家は騎士爵ですし、しかも俺は三男ですもん。デイマック伯爵家に婿入りできるしいいかなーって」
そうガイ・パニエルは軽く言い、
「私も二男ですからね。それに婚姻を結ぶなら自分の背中を預けられるだけの女性がいいです。そしてそれがフィーリア嬢のように美しい方なら望外の喜びです」
余裕の表情で、ジェフリー・クレイヴンがいう。
「フィリ、僕は嫡男だけど弟達はどっちも優秀だから、フィーリアにお嫁入りすることだってできるよ?」
そして、パーシバル・リスターは、口にしている言葉の軽さと裏腹に、思いつめた表情で必死に希っていた。頬に力が入りすぎて笑顔はぎこちないし、差し出す手が、その背中がちいさく震えていた。
「お嫁入りなの? そうね。たしかにパッシィには、ドレスも似合いそう」
そして、淑女らしい軽口で返すフィーリアも、瞳は潤み、震える両手で口元を押さえ、顔どころか首元まで真っ赤になっていた。
その隣に立つマリ嬢も感動に震えている。感極まった様子でマリ嬢の瞳もすでに涙で潤んでいた。そして誰にともなくひとり頷いていた。
「うん。もちろん僕なんかより、フィリの方がドレスは似合うと思う。
だから、どうか、僕のためにウェディングドレスを着てみせて欲しい」
いつだってふざけた態度を崩さないパーシバルの顔が、硬い。それはこれまで誰も、サリオも見たことがないものだった。
──こんな顔できたんだな。
「……私は、本当にあなたの手をとっていいのかしら。これは夢ではないの」
フィーリアの瞳から、はらはらと光る雫が落ちる。
「ぼく以外の手を取ってなんか欲しくない。ずっと…ずっとそう願っていたんだ、フィリ。
君以外の手を取るなんて僕には絶対に考えられなかった。
だから、研究に一生を捧げるんだっていって、婚約者だって、作ってこなかった」
彼女を想い出す度、勉強に集中しようと精をだした。
将来彼女が治める土地が水害に襲われることのないようにしたい。
彼女の隣にいることはできなくても、彼女を守れるようになるために。
その想いが、パーシバルを支えていたといってもいい。
「あの丘で遊んでいたことも、ずっと一緒にいるっていう幼い頃の約束も、忘れるしかないと思ってた。
でも、どうしても…、私には忘れられなかったの」
フィーリアにとって、その約束は苦しみであり、また救いだった。
サリオと新しく絆を築かなければと思うものの、どんなに交流を求めてもはねのけられる。
暗闇の中を手探りで過ごす、そんな婚約だった。苦しかった。
そんな時、思い出すのだ。ふたりで転げまわって遊んだ日々を。
そこにあるのは失った痛みだけでない、確かにあった幸福はほんのりと心を温めてくれた。
それは、暗闇の婚約期間中の、フィーリアの支えだった。
ふたりの姿が重なり合う。
視線を合わせ、微笑みあう。
ずっと欲しかったものは今この手の中にあるとその瞳がいっているようだ。
「愛してる。もういつからなのかもわからないずっと昔から、僕の心の中に住んでいた唯一人のひと」
「愛しています。もちろん愛しているわ。手を取れないと判ってからも、ずっと貴方だけだった」
マリ嬢が興奮で小さくガッツポーズをとっていた。横にいたガイの背を肩をばんばんと叩く。それでいいのか”双月の妖精”…淑女はどこいったんだ。
「フィーリア・デイマック伯爵令嬢、僕と踊ってくださいませんか」
パーシバルが、そっと手を差し伸べる。
「よろこんで。ファーストダンスだけでなく、ラストダンスもお願いできるかしら」
女性から申し出るのははしたないといわれようとも、いまのフィーリアには関係ないのだろう。
そして、いわれたパーシバルにも。その瞳は、どこまでも甘く嬉しそうに輝いていた。
「よろこんで。というか、ぼく以外の、他の誰かと踊ってほしくない」
手に手を取り合い、二人で一緒に会場へと駆け出そうとしていたフィーリアが不意に足をとめて振り返った。
「サリオ殿下。私との婚約を破棄して下さってありがとうございます。
つきましては、明日からの就職活動がんばってくださいませ」
この国では王弟として公爵位を新たに立てることができるのは外交を担当することになる第二王子までだ。
それ以下はどこか後継者のいない貴族位へ養子に入ったり婚姻を結ぶなどして臣籍降下することとなっている。
これは富の分散を避けるために必要な措置だ。男爵位が名誉爵位として領地を持たない一代爵なのも同じような理由だ。土地は有限なのである。
こうして、第四王子であるサリオはフィーリア・デイマック伯爵家令嬢と婚約することになった。
年齢的にも丁度よく、すこしお調子者のサリオにはしっかり者の嫁が必要だろうと王妃自らが候補を探し、陛下がこれを裁定した。
しかし、サリオは、そのフィーリアではなく、男爵令嬢であるリズベット・エネス嬢を望んだ。
男爵位には引き継げる領地も爵位もなく、エネス家には長男がおり商売は継げないし、このままサリオは職すら持たない平民になるしかない。
つまり、就職活動をしなければならない、ということだ。
でもそれでもいいのだ。すべて真実の愛の為なのだから。
伝えるべきことは伝えたとばかりに、繋いだ手をしっかりと握りしめ
ふたりはパーティー会場へと下りていく。
「ぎゃーー。王子が王子でなくて、貴族ですら……うわぁあぁぁーーー」
とかなんとか悲鳴が上がったけれど、それでもついに演奏は始まり、ホールには待ちきれないとばかりに色とりどりのドレスを着た令嬢が、カップルが手に手をとってくるくると踊りだす。
いま生まれたばかりの恋人同士も、お互い見つめあいながら踊る。
くるくると、くるくると。
あの日、空を舞う花びらの中で転げまわっていた時と同じくらい輝く笑顔で、いつまでも。
ずっと。
このサブタイがサブい(寒




