7、サリオ 17歳 夏
本日3話目のUPです。
ご注意くださいませ。
「殿下から呼び出されるのは珍しいですね」
ジェフリーとガイを前に、僕はいうべき言葉を懸命に整理していた。
なかなか口に出せなくて時間がどんどん過ぎていく。
忙しい二人にわざわざ僕の部屋まで来てもらったのに言い出さないで終わるわけにはいかない。
手の中の紅茶が冷めきった頃になって、僕は、覚悟を決めて相談を切り出した。
「リズが、フィーリアに水を掛けられたと言ってきた」
二人の目が冷たく光った。当然の反応だ。
「僕だって信じた訳じゃない。というか間違いなく、リズの、作り話、だと…思う」
最後は小さな声しか出せなかった。でも、作り話なんだろうなと思う。
フィーリアには、そんな手ぬるいことをする必要はないのだから。
彼女は僕の婚約者で伯爵令嬢、対するリズは男爵令嬢。しかも男爵自身とは血の繋がらない連れ子という存在でしかないのだ。
伯爵家からエネス男爵家に直接でも王家を介してでも、抗議するだけでリズはこの学園から姿を消す。もしかしたら男爵家が爵位を剥奪されることだってあり得るのだ。男爵はこの王国では名誉爵位でしかなく、領地がある訳でもないのだから取り上げるのなんか簡単だ。
水を掛けるなんて些細な嫌がらせを自分の手を汚してまでする必要はない。
というか、必要も何も、フィーリアはそんな卑怯なことをしない。それくらい僕だって判っている。
「そんな阿呆な女、早く手を切った方が殿下のためだと思いますよ」
ガイがあきれたように軽く言い捨てる。
「そんなに簡単に捨てられるくらいなら、最初から手をとってない。
リズは…、ちょっといま不安なんだと思う。僕に、婚約者がいる、から」
申し訳なくて視線が下がる。自分でも最低だなって思う。
「不安定だから相手を貶めていいという訳じゃないでしょう」
「ジェフリー、それは…、正論だけどさ。でも、悪いのは僕だと思うんだ。フィーリアに対してだって。
何度も、それこそ婚約が成ったと陛下に言われたその時から、僕はこの婚約は嫌だって何度もいってきたんだけど、どうしても白紙にして貰えないんだ。でも…僕はフィーリアと結婚なんてできないよ」
「あんな美人になんの不満が…」
ガイが呆れている。そうだよ、美人だよ。頭もよくて、やさしくて、真面目で、マナーも所作も完璧で、完璧超人だよ。
「完璧超人すぎて、僕の心は落ち着かないよ。
それに…、彼女の隣にいるべきなのは、僕じゃない」
二人の瞳が再びきらりと光った。
「パーシバル様、ですか」
こくんと肯いた。そうだよね、誰だって判るよね。知ってて当然だ。
いつも笑っているパーシバルが、ふとした拍子に、辛そうな顔をしてひとりの生徒を見つめているのに気が付いていなかった生徒なんて同学年にはいないだろう。
誰もが判っていて口を出さない。それはパーシバルの為だったり、フィーリアの為だったり、強引な婚約を組んだ王家に対する畏れみたいなものだったり、理由はいろいろだろう。
そして僕は、ようやく、あの日、僕がいったたわいないひと言が紆余曲折の末にたどり着いた、関係する誰もが不幸になるという最悪の婚約劇を懺悔した。
「だからね、返したいんだ。パーシバルとフィーリアに。
あの理想郷の光景を、ふたりに返したい」
いつだって僕の心の真ん中にある、あの光景。あの理想郷の住人には、いつだって笑っていて欲しいんだ。
ぽろぽろと涙が溢れて止められなかった。ずっと誰かにすべてを詳らかに告白して、懺悔したかったのだ。
「だから、お願いだよ、僕に手を、貸してほしいんだ」
お願いします、お願いだよと何度もそう口にした。
ようやく僕の涙が落ち着いたころには、外はすっかり暗くなってしまっていた。
夕飯を一緒に食べて、このまま泊って行って貰うことにする。
作戦会議が始まった。
「ガイ、次に僕を蹴っ飛ばしたら許さないからな」
文句をいってみたけど、奴はすでに再び夢の国の中にいるようだった。返事はない。
作戦会議の都合上、同じ部屋に集まることにしたので、なんと僕らは僕のベッドにぎゅうぎゅうになって寝ることになった。
一応クイーンサイズだけどね、男3人はやっぱりギリギリだった。誰かが寝がえりを打つと、誰かが犠牲になる。
真ん中がガイなのは失敗だった。「俺、端っこに寝たら落ちる自信ある」じゃないよ。そんなの真ん中にしたら殴られるのは当然だったのだ。大失敗だ。
「眠れないようですね」
「寝れるかっつーの。眠ったと思うと蹴られたり、殴られたりするんだぞ」
くくくっ、と笑う声が聞こえる。不愉快極まりない。
「お前も殴られろ」
「嫌です。そうですね、ガイをす巻きにして、床に転がしておきましょうか」
そうしたら安心して眠れますよ、とジェフリーが唆すので、僕は名案だと思ってそれに賛同した。
無事にガイのす巻きを床に転がして、ゆっくりとベッドに寝転んだ。
うん、快適だ。
「なぁ、パーシバルは協力してくれるかな」
すこし眠気がきてる中、ぽつりと聞いてみる。パーシバルに恩に着せたい訳じゃないから話せることと話せないことがでてくる。よほど上手に話を持っていかないと不審さ抜群だろう。
僕には無理だな。たぶんガイにも無理だろう。
「完全協力は判りませんが、少なくともフィーリア様の名誉を守るための手伝いはしてくれるでしょう」
そっかー。そうだよね。パーシバルならそこだけは外さないよね。
「できれば、アライズ嬢にも話を通せるといいのですが」
「あー。フィーリアの侍女だった子か。僕からじゃ無理だな。目を合わせた段階で毛虫でも見る様な顔されるもん」
彼女の視線を思い出しただけで震えがする。それほどの冷たい視線をしてくるのだ。笑顔なのに。本気で怖い。超怖い。
おい、ウケすぎだろ、ジェフリー。笑いすぎだ。ほんといつか不敬罪で処罰してやりたい。
「では私からなんとか働きかけてみますね。
私達男だけではフィーリア様のフォローまで手が回りませんからね。
明日からやること一杯ですよ。そろそろ寝た方がいい。
おやすみなさい、サリオ」
「おやすみだ、ジェフリー」
僕はひさしぶりに安心して、朝までゆっくりと眠った。




