風紀委員長との会合
シルバーウルフの近くで処理に困っていると、背後から拍手が聞こえてきた。
「見事だ。まさか2年で魔獣を倒せるような奴がいたとはなぁ。お前、風紀委員に入らねぇか?」
制服の胸元のボタンをだらしなくいくつか開けた生徒が歩み寄ってくる。
誰だ?
あ、いや、どこかで見たことがあるような気がする。
何となく見覚えのある顔を見て記憶を探る。
この燃えるような赤毛を後ろに撫でつけているのは……。
「ああ、風紀委員長ですか。なぜ私を風紀委員になど? ただの一般生徒ですよ?」
「一般生徒? 無詠唱の水魔法に加えて精霊魔法まで使うお前が一般生徒というのは無理がありすぎるだろ。」
「……。」
確かに2年生で魔獣を前に戦闘が行える者は少ないだろう。
生徒は貴族が多く、授業で魔獣と戦うのも3年になってからだ。
しかし、腹を抱えるほど笑わなくてもいいだろうが。
若干イラッときて年上の風紀委員長を冷めた目で見る。
「いいなぁ、その目。貴族のお嬢様たちじゃそうそうお目にかかれないぞ。」
風紀委員長が笑いを収め、面白そうな表情で見てきた。
やらかした……。
これだからガリアスに振られるのだろうな。
普段なら何ともない言葉だが、今の私には十分な精神攻撃だ。
気づかれないようにそっとため息をついた。
「申し訳ありません。先輩に失礼をいたしました。」
「そう硬くならなくていい。どっかの軍人みたいになっちまう。フェーリエ魔法学園は貴族や平民などの身分や祖国など関係なく学ぶ場所だ。1年のうちはまだ固定観念があるから難しいが、2年からは皆はめを外し始めんだろ? オレなんかいい例だよなぁ。」
確かに、そうだ。
この風紀委員長は砂漠の国の王子だったはずだ。
第7王子とか聞いたことがある気がする。
王子がここまでだらけて良いのかと思わなくもないが、恐らくこの国の気にあてられたのだろう。
フェーリエ魔法学園のあるこのエレンツ王国は魔法がとても発達したのどかな国だ。
世界中に最高峰の魔法使いを排出するフェーリエ魔法学園があるおかげで戦争をしかけようとする国もない世界一安全な国である。
王国というだけあって貴族や王はいるが、市民や農民との垣根が低い。
領地をより良く管理するためにいるのが貴族という感じだ。
だから貴族も市民に混じって買い物をするし、農民と言い争いをしたりする。
唯一違うのが言葉遣いやマナーといったところだろう。
他国の王侯貴族と食事をしたりすることもあるため、貴族は幼い頃からしっかりとマナーを学ぶ。
魔法大国だけあって市民や農民に至るまで魔力を多く持ち、魔法適性も複数持つ者が多い。
一応貴族の方が強い魔法使いが多いとされているが、長年にわたって次男や三男などが市民と結婚して市民になったりしているため、そこまで差がついているとは思えない。
学園の卒業生が貴族という身分を持たないままエレンツの研究職や軍事関連の職につくこともあるため、年々差が縮まっているという統計まで出ているらしい。
他国から学園に来る生徒はまずこの国のあり方に驚く。
そこで反感を持った者はフェーリエ魔法学園に通うことはない。
フェーリエ魔法学園では最高峰の魔法教育を受けることができるが、フェーリエ魔法学園の入学試験を受ける資格を持つ者はその時点で強い魔法使いであるとされる。
そのため祖国においてちやほやされながら魔法を学ぶこともできるのだ。
だから、そういう者は大抵母国の魔法学園で魔法を学ぶ。
万が一受験しても面接で落とされるらしい。
だが、だからといってこの風紀委員長は馴染みすぎではないか?
確かに風紀委員長の言っている通り他国の生徒は2年生あたりから馴染むことが多いと聞くが、ここまで自由にすごす王族も珍しいと思う。
「私はエレンツ王国で生まれ育っているので、馴染むも何もないと思いますが?」
「え? お前この国の出身? やっぱりSクラスはエレンツ王国が多いなぁ。オレの国にも分けてほしいもんだ。」
胸元のバッチを見てSクラスであると判断したようだ。
フェーリエ魔法学園では皆クラスの彫られたバッチをしている。
そして学年は男子生徒がネクタイの色、女子生徒がワンピースの腰に巻くリボンの色で判別する。
「そういう先輩もSクラスではないですか。」
「まぁ、そうだな。」
風紀委員長はどこか遠くを見つめた。
その目には羨望と諦めの混じった感情が浮かんでいた。
「ところで風紀委員長、お名前を伺ってもいいですか?」
「ああ、オレはって、はぁ? お前オレの名前知らねぇの? 嘘だろ?」
「……どちら様ですか?」
暗くなりそうな雰囲気を壊したくてした質問であったが、そんな呆れたような目で見られたも困る。
誰もが風紀委員長の名前を知っていると思うなよ。
生徒会長は投票があるため知っているが、風紀委員長は代々風紀委員長が次の風紀委員長を決めるはずだ。
そんな秘密裏に決まっている事を知るはずがない。
王子だという噂しか知らんわ。
内心で文句を言っていると、風紀委員長が笑い始めた。
「お前、最高だな! 良い! すごく良い。オレSクラスだし顔が良いから学園内で優良物件として有名だぞ。そのオレを前に誰?ときたもんだ。」
バンバン肩を叩かると流石に痛い。
さらりと距離を置き、これ以上叩かれないようにする。
すると風紀委員長が片手を差し出してきた。
「オレはヴォルグだ。風紀委員長をしている。ぜひとも風紀委員会に入ってほしい。」
フェーリエ魔法学園では身分や出身国の違いで差別をしないという理由から家名を名乗ることなく、名前だけを名乗る。
それでも王族や有名な大貴族などは知れ渡ってしまうが、知らないふりをするのがルールだ。
「私はリュウカです。こっちは召喚獣のルナ。風紀委員って何をするのですか?」
恐らく手を取ればその瞬間風紀委員に入ることが確定すると思い、手は放置して問いかける。
すると風紀委員長は無理やり私の手を握った。
「はい、決定。リュウカはこれで風紀委員な。風紀委員は女子生徒でも男子生徒と同じブレザーが許されてる。ロングスカートは違反者追っかける時に邪魔だからな。ってことでブレザー頼んどくから風紀室に来て服のサイズ等を書いてくれ。あとはこれな。」
ポンと投げつけられたものを反射的に受け取る。
手を開いてみると、銀色のシンプルなピアスだった。
「それ魔道具だから耳に着けとけ。何かあった時とか緊急集合の時とかはその耳飾りから伝令が流れる。その耳飾りから全ての風紀委員に伝令を出すことも可能という便利な代物だ。何かあった時は耳飾り触って要件を言え。」
「あ、はい。」
握り返してもいないのに風紀委員に入ることが決まってしまった。
まあ別にかまわないが、風紀委員って何をするんだ?
眉間にしわを寄せていると、風紀委員長が着いて来いと合図をする。
「とりあえず、風紀室行くぞ。説明は歩きながらだ。しっかりと道覚えないと迷うほど方向音痴じゃねぇだろ?」
「そうですね。」
「この学園は生徒の自主性とかほざいて教師がほとんど介入しねぇ。その為に大会などのイベントの運営や予算の管理なんかは生徒会が最高決定権持ってるのは知ってるよな? 風紀は生徒が違反行為をしていないかなどを取り締まるのが主な仕事だ。人数も少ねぇし、なかなかに面倒なんだよなぁ。お前の友達とかで良さそうなのいたら誘ってもいいぞ。許可するかは分かんねぇけど。」
「なるほど。大変そうですね。」
今さらながら断りたくなってきた。
風紀委員長も言っていたが、面倒な仕事のようだ。
しかし、このロングスカートではなくズボンで生活できるのはいいな。
ズボンは楽だ。
悩んでいることが風紀委員長にも伝わったようで、手を掴まれる。
「あと少しで風紀室だ。さぁ、行くぞ!」
ずんずん進むその様子を見ていると断る気が失せた。
まあ良いか。
忙しければ気分転換にもなるだろう。
今まではガリアス一筋だったから、久々に体を動かすのも楽しそうだ。
知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。
新たな学園生活が始まる予感を胸に風紀室の扉をくぐった。




