変な魔族
ルナになぜか頭突きをされて目を覚ましてからずっと周囲を警戒して過ごしている。
そんな必要はないのかもしれないが、水貴の告げた内容が気になる。
「無駄に疲れる日だ……。」
風紀委員長室で書類を置いて肩を回す。
風紀委員長が珍しそうな目で見た後、何かを投げてきた。
「やるよ。甘いものは疲れてる時に良いって言うしな。」
投げられたものを見ると、飴のようだ。
「ありがとうございます。」
包みから出して舐めながら再び書類に視線を落とす。
闇と空間魔法が使える人もかなり少ない。
学園に在籍する闇や空間魔法を使える生徒が召喚魔法よりも少ないのだからおかしくない事だ。
だが、教師0人の生徒3人か……。
この中にも転入生が入っているのだな。
そういえば転入生は光と精霊以外全ての魔法が使えると聞いた。
歴史を見ても転入生しかいないほどの珍しさだ。
そこまで考えたところで隣から唸り声が聞こえた。
「あー、分かんねぇ。銀色の長髪で神秘的な雰囲気の男の侵入者ってなんだよ! まず第一に警報鳴ってねぇし。」
銀色の長髪で神秘的な雰囲気の男……?
水貴の事か?
なぜ水貴の事を風紀委員長が知っているんだ?
いやちょっと待て、侵入者だと!?
「でも風紀委員でも目撃者がいんだよな。そんな男、学校関係者にも載ってねぇし、生徒にもいないしなぁ。来賓も今来てねぇから全然分からん。それでなくても魔獣に問題が出てるっているのに一体何者なんだ? まさか今回の事件の関係者か?」
ぼやく風紀委員長を前に顔色が青くなる。
水貴の事は召喚獣として登録してない。
下手に姿を見せれば怪しい男と見られる可能性が高い。
やらかした……。
むしろ水貴はどうやって警報を鳴らさずにこの学園に忍び込んだのだろうか?
疑問には思ったものの水貴はかなり高位の精霊だ。
警報を鳴らさずに学園に侵入することもできるのだろう。
よく分からないが……。
とりあえず、これ以上その話題を引きずられるのはまずい。
「あの、その、て、転入生は召喚魔法に加えて闇魔法に空間魔法まで使えるんですね!」
無理のある話題の振り方に風紀委員長が訝しげな顔をした。
「まあ、そうみたいだな。だが転入生も魔獣に襲われている。犯人とは言い難いんじゃないか?」
「そうですね……。」
頷くものの何かが引っかかった気がする。
違和感を探ろうとしていると、魔獣襲撃の警報が鳴った。
「2か所同時だと!?」
音が混ざってしまって魔獣が出現した場所が分からない。
風紀委員長は耳を澄ませて音に集中する。
「片方が庭、か。もう片方は……。」
音が強くなっている方にかき消され、もう片方は風紀委員長でも分からないようだ。
『魔獣出現! 場所、Iランク女子寮付近。出現魔獣、シルバーウルフ2体。あっ!』
「Iランクの女子寮近くか……。」
もう一つの魔獣出現場所が分かった。
しかしオリア先輩の声が変に途切れたのが気になる。
いくら今が4限の授業中とはいえ場所も良くない。
「リュウカ、オレが庭の方へ行く。オリアと一緒にシルバーウルフを頼んだ。」
立ち上がりながら風紀委員長はそう告げ、部屋から出て行った。
それに少し遅れながらも風紀委員長室を出る。
音の感じからして庭の方がランクの高い魔獣だろう。
だがオリア先輩は数人で見回りをしていた訳ではなく、1人で教師に書類を届けに行っていただけだ。
それを含めて考えるとオリア先輩の方も良くない状況に陥っているかもしれない。
現場に到着してみると、傷だらけのオリア先輩が2年生の女子生徒を庇っていた。
「銀の雨、刃の如く降りしきれ、水刃!」
範囲攻撃の水魔法をオリア先輩に分かるよう詠唱もつけて叫んだ。
オリア先輩は詠唱を始めた時点で下がり始め、巻き込まれないですんだ。
生存確認をしたところ1体がまだ生きていたので水魔法を使って仕留める。
「助かったわ。ありがとう。」
「いえ、当然の事をしたまでです。」
ほっとするオリア先輩に笑いかけると、オリア先輩も微笑んだ。
「あなたも大丈夫かしら?」
かばっていた女子生徒に治癒を施し、オリア先輩が手を差し出す。
襲われていた女子生徒はその手を握って立ち上がる。
まさに立ち上がったと思った瞬間、女子生徒がオリア先輩を風の刃で切り付けた。
「なっ! 何を!!」
あまりの事に驚いて声を上げると、女子生徒の顔が崩れる。
闇を纏う赤色の髪に茶色の目、耳の上に生えた2本の角は彼女が魔族であることを表していた。
その角はそこそこ大きい。
恐らく中位魔族であろう。
邪魔なローブの裾を破り捨て、戦闘態勢をとる。
もちろんルナを呼ぶことも忘れない。
「随分と精霊に好かれているのねぇ。うらやましいわぁ。この女もそう。なんでみんな精霊に好かれるのかしらぁ? 私なんて見向きもされないのに。」
「それは魔族だからだろう。」
緊張をはらんだ空気の中話しかけてくる魔族が信じられない。
感性の違いかもしれないが、魔族はとても楽しそうだ。
まずは魔族の足元に倒れているオリア先輩を助けないと。
魔族は笑いをおさめると前髪を耳にかけた。
「良いわぁ。あなた面白い。もう少し私とお話ししましょう。」
ニコニコと機嫌良さそうに話しかけてくる。
「そうねぇ、何について話そうかしらぁ。魔王様について語っても良いけれど、あなたは魔王様の事を知らないわよねぇ。」
魔族はぶつぶつと楽しそうに呟く。
一体何をするつもりなのだろうか。
話しとは本当にただ話すだけなのか?
警戒をしていると、魔族がひときわニッコリと微笑んだ。
「良い事思いついたわぁ。前から気になっていたことがあるの。私たち魔族と精霊とは何なのかしらぁ。あなたなりの答えを聞かせてちょうだい。」
魔族と精霊?
両方とも地上とは異なる界に暮らしているはずだ。
精霊は天に魔族は地に。
何なのかという質問はとても抽象的だ。
警戒を怠らずに考え事をするのは大変難しく、思考が鈍る。
「魔族と精霊を比べるのは間違っているのではないか? 魔族と同等なのは天族だろう。」
気づけば神を冒涜しているととられてもおかしくない事を口走っていた。
例え本当にそう考えていたとしても地上で暮らす上で口に出してはならない。
人は天族を信仰しているのだから。
しかし相手は魔族だ。
魔族はただ面白そうに続きを促す。
「精霊や魔獣はこの世界の調和のために存在しているのではないかと思う。聖と邪の調和をとるために。魔族は一般的に己の欲望に忠実で負の感情を多く持つという。これはただ単に魔族が邪を司っているためではないかというのが私の魔族に対する見解だ。」
「良いわぁ。本当に面白い。私を召喚した女とは大違いねぇ。やっぱり、あんな女の言いなりになるのはやめるわぁ。いくら魔力をくれると言っても、あなたの方が面白いのだもの。今はちょっといたずらしちゃって魔王様に魔力を封じられているけど、元々はあんな女に召喚できるほど弱くないし、手伝う義理もないわぁ。」
魔族は楽しそうに笑った。
「ただねぇ、私たち魔族は邪を司ってなんかいないわぁ。そこら辺は人間の造った神話の読みすぎねぇ。昔は3つの種族が一緒に暮らしていたの。1つは自分の感情に正直で自身の快楽を追求する種族ねぇ。もう1つは規則、常識、平和なんかを大切にする種族。そして最後の一つは両方をあわせた考えを持つ種族。当然うまくいくことがなくて、大ゲンカしたあげく両方を持つ種族を真ん中に置いて住む場所を分けたの。これが魔族の歴史書に書かれている事よ。」
「そうなのか。」
人の語る神話よりも現実的でうなずける内容だ。
真実かどうかは分からないが、神話が真実かどうかなど今さら確かめようもない。
ただ、同意すると魔族は笑いながら片手を軽く振った。
すると魔族の左手のこうに描かれていた魔法陣が消え失せた。
どうやらその魔法陣が召喚者との契約の証であったようだ。
「素直に認めるとか、本当にあなたは人間かしらぁ。すごく気になるわぁ。」
「人間以外の何者でもないはずだ。両親も健在だしな。」
「私のカンが外れるとは珍しいわぁ。でもまぁそんな事もあるのかもしれないわねぇ。楽しませてくれたお礼に私の事を召喚した人間がどこにいるのか教えてあげるわぁ。」
告げられた内容に嫌な予感がする。
最後まで楽しそうに笑いながら魔族が消えた。
地界に帰ったのだろう。
魔族が消えた瞬間、空間が歪んで崩れ落ちる。
「ナァー。」
魔族の造り出した空間に入る事が出来なかったようでルナが駆け寄ってきた。




