闇と雲-2
突然、けたたましいサイレンが鳴り響く。
赤く光るスクリーンに、まもなく通常空間にフェードし、同時に戦闘開始の可能性があると表示されている。
緊張が走る。
こんな大規模戦闘は、訓練以外じゃ俺も初めてだ。
パァンと軽い衝撃とともに、星空が戻る。ブラックホール近くの、少し変わった星空だ。
下というべきか、ブラックホール本体側に広大なヘリウムと水素のガス雲が広がり、不気味な水平線を構成している。上は上で、金属プラズマを多く含んだガスによる強烈な磁場に覆われていた。
つまるところ、ちょっと重力が安定したところにできた、ガス層の隙間みたいなものだ。重たい金属層のが下にもぐりそうなもんだが、大型ブラックホールを取り巻くだだっ広い渦の中じゃ、こんなこともあるってだけだろう。
「ふーう」
と、榎の声。
スクリーンで小さな時計が回り「旗艦サーバーより、自動ダウンロード中」という、黄色い棒がのびていく。情報量が多いのか、思いのほか時間がかかっているな。
その原因は、見ればわかった。
十時の方向仰角十二度、事実上の「ど正面」だ。そのあたりに、自前の空間スキャナの情報どころか、目視で分かるくらいうじゃっと人工物が見えた。まあ、間違いなく敵、ナブロクレの大艦隊なわけだ。
どんだけいるんだ? と思っていたら、まず数字が、続いて構成とベクトルが展開された。
一瞬、目をうたがう。錯覚かと思う。
「三万四○○○隻、だと!?」
それも『大型』表記が目立つ。こっちの基準からすると、ナブロクレのフネは平均してでかいからな。
距離は十七光秒。宇宙空間では目と鼻の先、ギリギリだがKKの主砲でも射程内だ。
今のうち逃げたほうがよくね、とか思う。
だが、司令部からは即時攻撃司令が飛んできた。まずはとにかくぶっ放せ、だ。
と、俺が認識したときには、マキがすでに主砲と長距離ミサイルを撃ち終わっていた
システムと直結している分、圧倒的に速い。
続いて、浮遊砲台の切り離し命令が来た。これは射撃官制の仕事じゃない、俺がやらないと。
「浮遊砲台、切り離し完了」
手を出す前に機関長の椎名が報告してきた。マキが、管理者権限で切り離したらしい。
「マキ、やりすぎはだめだ。早ければいいってもんじゃない」
たとえ命令があったとはいえ、各艦ごとの状況ってものがある。その判断ってのは、艦の知識と運用経験が必要だ。
マキがうなずく。今のことを読んだらしい。
いいだろう、これも経験だ。
いやいやいや、マキは殺し合いになれてしまうべきじゃない。
――それどこじゃないよ。
へいへい、そらそうだわな。だが、どうなるこの数の差は。
「桑さ……」
「『艦長』だ」
「艦長、ここを狙って、ください」
微妙に硬い言葉に合わせてメインクリーンの一部が拡大され、艦隊の中央やや右寄りに位置する、地味で小柄なお椀型戦闘艦がアップになった。
「なんていうかさ、ここに、めちゃくちゃ必死な思念波がたくさん向いてるんだ。たぶん、指揮官か何かがいるよ」
やけに地味なフネだが。いや、よく見ると、こいつが回りの動きを引っ張っている。小さければ当てられにくい、という発想なのか。
だが、遠いな。
「照準は俺がやる。マキ、旗艦に報告してくれ」
「アイアイサ」
遠く小さな相手に、慎重に狙いを定める。周りを率いているからか、その動きに複雑さはあまりない。
機動予測、照準補正。周りから少し遅れて、発射。
トリガー、といってもパネルの文字にすぎない一点を指先で叩く。
直後、まばゆい光とともに、自前の主砲と、その何倍もの出力を誇る浮遊砲台の荷電粒子砲が撃たれた。着弾まで約十七秒。少しでもコースを変えられたら当たらない。だが目印くらいにはなるだろう。
と思いきや、旗艦「大和」と周りの戦艦部隊が、目標の艦めがけて集中砲火を浴びせてくれた。マキの言葉ってのは、かなり重宝されてるらしいな。
「……あの艦から思念波が消えたよ、うん」
そしてちょうど着弾するころ、マキが浮かない顔でこっちを見た。着弾観測には、あと十七秒かかる、はず。
「だーかーらー、思念波って、時間軸がどうでもよくなることがあるんだよ」
そういうことか。
「マキ、マインドブースターの増幅率を下げておけ。おかしくなっちまうぞ」
「これ以上、下がんない。大丈夫、このくらいでおかしくなってたら、今頃テレパスやってないから」
ならいいが。いいのか?
続いてきた命令は、今撃った艦を中心に、全艦で集中砲撃をしろということだ。浮遊砲台は、ここで使い切って破棄してしまえということだ。
敵陣に風穴を開けて、突っ込む気か。
俺は浮遊砲台と、引き連れてきた無人戦闘艇まで全て展開し、射撃を開始した。
どいつもこいつも、砲台を展開してるおかげで、結果的にうざいくらい密集隊形になってる。ぶつかるほどじゃないが、少々邪魔だ。集中攻撃でも食らったらどうする。
いや……。この勢力差なら、適当に撃ちまくられるだけで集中砲撃になるはずだが、全然というほど弾もビームも飛んでこないぞ。何かたくらんでいるんだろうか。
「あっちも撃ちまくってるよ」
訊く前に真顔でマキが答えた。何がおきてるんだ。
「長距離ミサイル類がもうちょっとしたら届くかな、ってくらいだね。迎撃用意したほうがいいかも」
ミサイルか。速度は遅めだが、まともに食らったら厄介な相手だ。
「わかった。副長、マキと俺の連名で旗艦に打診してくれ」
司令殿にもかわいがられてるみたいだからな。動いてくれるだろう。
こっちはこっちで、やたら分厚い鉄板を張ってある砲台を前に出し、盾にした。
『全艦、対実体弾迎撃用意』
ほどなく、命令の形で返事が来た。見ると、凄まじい数のマークがスクリーンに現れている。艦隊旗艦サーバーの統合情報からのクエリィと、どうせ肉眼じゃ追いつかないぶんの視覚化だ。
総数が何万とかになっているが、どうにも実感がわかない。あまりに容易く把握できているのに違和感すら感じる。ここは、ステルス弾や分裂弾が相当混ざっていると疑うべきだろう。
そう感じた俺は、KKの近接戦用センサー群を起動し、備えることにした。
「あーー!」
突然、マキが大声を上げ、同時に格納庫内に警報が発せられた。即時退避せよ、だ。
「マキ、いくらなんでもな!」
越権行為にもほどがある。
「ごめん、桑……艦長。でも、格納庫のこのあたりから、へんな思念波が突然でたんだ」
するすると、メインスクリーンが切り替わり、格納庫の片隅が図示された。脳から直接操作してるだけにスムーズこの上ない。で、その場所に何かあったか?
ああ、ヤバいのがあるぞ。格納庫の奥にしまっておいた、ナブロクレの転送機だ。
「全格納庫要員、所定のブロックへ退避せよ! 大至急だ!」
俺は命じると同時に、同時に「所定ブロック」と退避コースを、危険場所からシステムに逆算してさた。即時公開、退避を効率的にする。どうしたとか、いきなりなんだとか、ぐだぐだとクレームがつくが放置だ。
だが、退避が済む前に最初の被害が出た。
宇宙服を着た何者かの侵入と銃撃があり、艦内設備や小型の貨物艇などが被害を受けてる。あわせて、火災が発生した。
場所は転送機が置いてあるブロックだ。さすがに艦の外殻に穴が開くことはなかったが、艦内に煙が充満し始める。
この隙に、増援部隊が現れたらまずい。そう俺は判断した。
「三十秒後に、格納庫を強制排気する。退避急げ」
俺はタイマーを仕掛け、艦長席だけにある、物理的にあえて分離させたスイッチを押した。
解除もここでしかできない、特別なものだ。
「桑さん、間に合わないよ!」
「あのな、マキ」
これが、艦長ってもんだ。リスクを天秤にかけねえといけないことがある。
きっかり三十秒後、格納庫のハッチがフルオープンにされ、中の空気が真空の宇宙空間に容赦なく吐き出される。
憎まれ上等。
……なんてね。
マキは知らないが、この程度の訓練は常日ごろからやってる。犠牲なんて出してたまるかっての。スクリーンに、負傷者少数死者なしと情報が表示され、同時に別窓が開いて空気と一緒に外へ放り出されるナブロクレ兵の姿が映し出された。
消火も成功、こんなもんだ。
『このデコ助!』
突如、手元のスクリーンにつぐみちゃんがアップででた。どうやら、汎用作業ロボットに乗っているようだ。
『殺す気か』
「そのくらい給料分だろ」
『うるさいわね。侵入者がまだ残ってるから、片付けてくるわよ』
「おう、頼んだ。そろそろこっちも忙しくなる」
画面を挟んで、互いに敬礼。
表示を格納庫天井のカメラに切り替えると、十機ほどの有人汎用作業ロボットがのしのしと歩きだし、ニッケル合金マサカリや大型砲丸で攻撃を始めた。
二足歩行で、手が二本、ドラム缶みたいな頭と胴体にかけて人が乗り込む仕様で、なんとなく人間風の姿だが、ステンレスのボディにモーターだらけでガッチガチに機械的だ。
風圧で転がされていた生き残りのナブロクレ兵が、はじかれたように立ち上がり応戦を始める。こんな事態を想定しての宇宙服だったようだ。
だが、でかい図体のナブロクレと言えど、ロボットの半分くらいしかない上に生身だ。オール金属のロボじゃ相手にならない。速度もパワーも段違いだし、こちとらロボ白兵戦の訓練もしているのだ。飛び道具も持っているが、当たらなければどうってことない。
「おーい、誰か転送機をハッチ前に置いて外に向けちまってくれ」
『あいよー』
若いクルーが返事をする。
画面の隅っこでぱたぱたとロボが動き、転送機を担ぎ上げて次々とハッチ前に移動すると、外に向けてワイヤーで固定してしまった。
さて、こっちはいい。
そろそろ、ミサイルが来るころだ。スキャナの解析映像が、ミサイルマークの三角で真っ赤になっている。KKとしてはさっきの命令で迎撃準備、とっくに旗艦の統合迎撃システムとリンクして、サーバーからの指示を待っている状態だ。
「はふー」
ゆる~い榎の声と同時に『旗艦発トリガー確認』とメインスクリーンの隅で光った。
ああ、そう。俺にはやることがない。艦システムよりさらに上位の権限で、兵器類は支配されてるからな。たのむからマキ、さわるなよ。
「わかってるよー」
マキがむすっとこっちを見る。
その背後で、メインスクリーンが真っ白になった。
ひきつけての艦隊一斉砲撃。もう、なんだかわからねー。そりゃあ、宇宙空間じゃビームなんて肉眼じゃ見えないし、迎撃ミサイルなんてトロくて使われてないが、ビーム軌道を仮想表示させたラインだけで画面がイッパイなわけだ。
「あわわ、ふはーっ!」
榎があわてて真っ白画面を隅にやり、代わりにフィルタをかけて最低限の情報だけをメインに映しなおしたころ、撃ち落とした敵弾がそこかしこで爆発しはじめた。
いやちがう、増えやがった。
元のサイズやら質量やら無視した物量が、いきなり目の前に展開された。
「ミサイルの大半は、転送機を搭載していた模様。母艦から、大量のミサイルを転送してると予測されます」
副長が、解析結果をかみ砕いて言った。
窓の外は、盛大な花火大会。画面の中では、弾幕ゲーム、いや弾幕そのもの。すさまじい数、防ぎ切れるか。
俺はそう思うだけ。こういった艦隊防御システムは、地球同盟特産のフォンノイマン型コンピュータのネットワークが担当で、人間の出番なんてないのさ。
で、ふと気付くと、するすると浮遊砲台のひとつが動きだし、KKの正面でやや斜めを向いて止まったところだった。マキが動かした形跡もない、ということはだ……。
バスン。窓の外が真っ白になり、砲台のシルエット震えた。
砲台にミサイルが直撃したようだ。射撃不能、自力移動不能で大破の判定が出るが、分厚い鉄板のおかげで貫通は免れていた。なかば予定通り、盾として役に立ったわけだ。まあ、このままでは邪魔になるので、KKからの重力制御でさっさとどかしてやる。
そうして再び開けた景色は、さっきの花火大会が終わり静かなものに戻っていた。弾切れか、それとも転送機運搬ミサイルが全滅したのか。
数秒後、被害状況が旗艦からダウンロードされる。撃破された味方の有人艦艇は、小型のものが数隻、盾に砲台や無人戦闘艇などが数十といったところ。大型艦に至っては、軽微な損傷こそあれど、戦力にほとんど影響がないレベルだった。
派手だっただけで、あっけないもんだ。
ちょっとした分析結果が合わせて落ちてきたが、転送されてきた敵のミサイルは目標めがけて真っ直ぐ突っ込んでくる程度の誘導はされていたものの、フェイントをかけたりステルス性が高かったりという欺瞞の部分でずいぶん手抜きをされていたらしい。
また、転送直後は初速が低く、スピードに乗る前に撃ち落とせてしまった。
結局は物量押し。舐められたというか、助かったというか。
いや、これだけの数をどうにか捌き切ってしまうあたりが、特産の特産たる所以なんだろうな。
でだ。
「おーい、格納庫。そっちはどうよ」
第一波が退いたところで、格納庫の管制室につないでみる。
『転送機から、後詰の兵隊とか爆弾とか送ってきてますがね、全部外にポイですわ』
画面の向こうで、ベテラン士官が肩をすくめた。
「OK。転送機があるあたりだけ封鎖して、後は空気を戻すがいいな?」
『さっさとやってください。退避区画の連中が、文句言ってるでしょう』
「わかった。くれぐれも、転送機に注意しててくれ」
『アイアイサ』
互いに敬礼して画面を消し、ささっとコンソールを突きまわして隔壁閉鎖と空気の再注入を行う。予備の空気は、燃料用の水から酸素を、あとはボンベの液化窒素を展開してやれば、何度か入れ替えするくらい造作ない。そのくらい用意してないと、下手すりゃ航海中に酸欠死だ。
しかし……。
厄介なものを作ってくれたな、ナブロクレは。これが大量に持ち込まれてたら、艦隊はパニックに襲われてただろう。KKでは使い道もないので、隅っこに置いといたのが幸いしたが。まあ、そのつもりで売りつけようとしてたかと勘ぐってみるが、連中の思考パターンは地球系の人間と違うらしいから、専門家に任せよう。うん。




