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パケット-2

 それから五時間。

 自分の割り当て分のメディア整理を終え、俺はいったん寝た。が、三時間で起こされた。

 理由は、安全にワープできる空間が、予定より六時間も早く近くに見つかったため、あの副長にたたき起こされたわけさ。

 どうせなら、女の子にやさしく起こしてもらいたかったわけだが。

 女の子といえば、マキはあれから不貞寝してしまった。まったく、ささやかな胸を触られたくらいで。まったくもって減るどころか、これから増える可能性のが高いというのに。ま、現時点でゼロではなかったわけだが。

 あ、いやいやいやいや。俺は変態か。

 そいつはさておき。

 実際は、俺なんていなくてもオペレータと艦のシステムだけで行けちまうんだが、規則がある。面倒なことに、長距離ワープ時は艦長が所定の場所にいなくてはならないのだ。

 で、三時間で起こされたということは、起きてから二時間もあったわけだ。

 ヒマでしょうがないので、この航海の記録をチェックしてた。

 まったくひどい話だ、いきなりナブロクレのならず者船団に襲われたり、正規軍艦隊に目を付けられたり。まあ、生きてるが。

 そういやあの戦闘では、偶然ながらガス雲をうまく使えた。巨大紙飛行機というべきKKの形状によるものだが、これはうまく生かせないだろうか。と、俺は艦のライブラリーからデータ―をあさってみた。

 ふむ。紙飛行機じゃなくて、「飛行機」か。人類が宇宙進出する前は、濃い大気の中をうまいこと空気を使って飛んでいたのか。大気の摩擦で秒速三キロもでればめっけもんだったとは、ずいぶん大変だったんだな。

 さらに、「飛行機」の空気の使い方の記録が出てきた。こいつは、案外使えそうだな。

 俺は少しだけ冴えた目を開いて、簡単にシールドシステムの改造仕様書をしたため始めた。シールドなんて言ってるが、結局は人口重力場と電磁場、あと光学処理の統合システムにすぎないから、なにかと遊べそうだ。

 いやいや、遊んじゃいけない。真面目にしないとな。

 と思いつつ、ごしゃごしゃと艦システムとかも含めデーターをあさりながら、即席システムを構築していく。

 それでたまたま気が付いたのだが、今回運んだ水は、重水の割合が妙に多かったのだ。

 重水ってのは、水を構成する水素原子が、陽子と中性子の二つの要素でできている「重水素」でできているものだ。自然界にはあまりない原子なので、量を確保したければ人工的につくるか集めるしかない。

 集めてどうするかっていうと、核融合炉の燃料にするのだ。普通の水や水素を使うよりも反応を起こしやすい、ってのが理由。重水といえど、化学的性質はただの水と変わらない。それこそ、核爆発でも起きなければ、ただの水でしかないわけだ。

 もちろん、核爆発や高性能のレーザーなどがある場所じゃ、反応が起きちまう危険性が高くなるわけだ。

 しかし、あの施設でどんな実験をする気だったのだろう、重水を何万トンも運ばせて。

「あとで聞いてみるべ~」

 考えてもしゃーない。俺は適当にけりをつけてデータをかたづけた。

 なんてことしてるうちに、椎名機関長からワープ準備完了の連絡が入った。

「KK、複素空間にタイブ!」

 俺は決まり通り声に出し、手順通りの操作をして実際にKKを複素空間にダイブさせた。すぐに、見慣れているが相変わらずわけのわからない、複素空間の景色が窓の外に広がった

 星空でもガス雲でもない、カオスな景色ってのはアレだ。眠気を誘う。

「副長、あとは頼んだぁ~」

 俺は叫ぶように言うと、寝ることにした。

 ワープすれば天京までそんなにかからない。だが、一瞬でつくわけでもない。

 目を閉じて、数を数える。

 メディアがひとーつ、メディアがふたーつ、メディアがみーっつ……。

 うむっ。かえって寝れん。

 その上、悪い夢でも見そうじゃないか。

「くーわーさーああん」

 不貞寝したはずのマキの声。さっさと寝たおかげで、今更おきたのか?

 寝巻きじゃないが、私服。へえ、思った以上に美……いやいやいや。

「あほ。悪い夢を見た」

 メディアがひとーつ、メディアがふたぁーつ。

「どあほ。こんな、夢さ」

 勝手に射撃席に座りながら、夢のイメージを送ってきた。だんだんそれが形になっていく。

「おいおい、非テレパスに直接脳内転送はやめんか」

「そう? なんともないはずだけど」

 情報量が多い映像つき思念波は、受け入れがうまくいかないと酷い眩暈と頭痛がするはずなのだが、なんともない。受け手がいいのか送り手がうまいのか。

 で、飛ばされてきた「夢」の中で、自分は小さな子供だった。父に手を引かれ、見知らぬ未舗装の道を歩いていた。どこだろう、未舗装の道なんて、人間が住んでいるところにはわずかしかないはずだ。

 繋いだ手のぬくもりが、暖かく、なぜか悲しい。

 なぜ、悲しいんだろう。

「パパは、ここでさよならだ。でも、一緒にいられる世界はどこかにある。だから、心配するんじゃいないぞ」

 父は笑顔で言い、物理的にありえないベクトルを持った方向へと消え去っていった。

「そんな、夢さ」

 最初と似たような言葉で思念波が消えた。

 まだまだ、子供だな。研究所の片づけが終わったら、親父さんに好きなだけ甘えるがいいさ。

「テレパスなめんなー」

 あ、すまん。まるっきり子ども扱いだったな。

「そっちじゃないよ。条件がそろうと、時間と空間がどうでもよくなるのさ。何もできないけど」

 幽霊じゃあるまいし。

「幽霊だよ」

 ――これ以上言わせるな。

 ああ、そういうことか。考えるのもやめよう。

 俺はそっちに考えが行かないように、メシのことで脳内をいっぱいにした。そうだな、天京にもどったら、ラーメンだ。こってりスープに、たっぷりチャーシュー。もちろんバリカタ、替え玉はハリガネだ。

「バーカ。着いたら食わせてもらうぞ」

 ラーメンならいいぞ、安いからな。

 ――それまで、ここに座っててかまわないよね。

「艦長として、森田少佐に射撃席での外部監視を命ずる」

 俺は記録が残るようにわざと口にすると、寝ていてもかまわん、と脳内で別の指令を出した。

 寝るなり泣くなり、好きにするがいいさ。


 ――……~。

「艦長、艦長!」

 なー? どうした副長。

 ああ、寝てしまったのか。そろそろ、ワープ終了かな。

「艦長、まもなく天京です」

 副長がスクリーンを指した。いつの間にか、天京まで三時間ほどのところまで来ている。ってことは、既にワープ終了だ。てぇことはだ……。

「なぜ起こさない。規則違反じゃないか」

「いえ、ブリッジにいてくれればいいので」

 なんつー規則だ。

「あとですね、あまりに幸せそうに寝てたので」

「幸せ? 夢で何か食ってたのかね」

「『マキぃ、そんなにくえないよー』って、によによしながら寝言言ってました」

「ぬぁんだと!」

「言ってみただけです。なにか心当たりでも?」

「とりあえず、腹が減った」

 ふと、隣の席を見るとマキが爆睡していた。やれやれ、これでラーメンおごりはなしだ。

「そうはいかないぞ」

 むくり。おもむろにマキが起きた。

「ラーメンなんかでいいのかよ」

「父さんには、さっき十年分くらい甘えてきたからね。現実に生きてる桑さんに甘えさせてもらうよ」

 略して「くわせてもらう」か。ま、んなとこだろ。

「ン? よくわかったね。桑さんもテレパスだっけ」

 マジかい。

 天京の基地まで、あと一時間弱。

 わーったよ。天京で一番濃い店に連れて行ってやるさ。

「だが今は、さっさと軍服に着替えて来い」

 

 天京の基地につくと、ラーメンの前に仕事が待っていた。

 まずは転送されてきたメディアの山、その残りを番号順に並べるようにクルーたちの前に積み上げ、その足で司令部に出頭だ。

 で、俺が司令部に顔を出すなり「おお、無事だったかえ!」と、司令部の長老、もとい参謀本部長の泉大将にしわくちゃの顔で驚かれた。

 なんだ、くたばってほしかったのかよ、中将閣下。いやそうでもなさそうだ。

「じつはな、桑原少佐。定期連絡船が三便連続で消息を絶ってるのだ。三便目は、駆逐艦とガンシップを護衛に付けたのだが、まとめて行方不明になっとる」

 思いのほか神妙な顔だ。いや、冗談じゃない。

「俺――」

 もとい。

「自分も、襲撃をうけました。ナブロクレ系の宇宙海賊どもに」

 と、俺は携帯端末をKKの記録へリンクさせ、スクリーンに投影しながら事情を説明した。行きの道中でいきなり岩陰から撃たれて、逃げ回りながらなんとか撃退したアレだ。

 それどころか、研究所の方でも行方不明事件が起きているという話を聞いている。関係大アリと見るべきだ・

「なるほど。『鬼怒九号』だから生き残れたわけだ。相手の数も多いし、なかなか足も速いなや。駆逐艦やガンシップでは分が悪いが。いんやまて」

 ふと、泉大将がスクリーンの一部を拡大した。

「この時刻だと、第三便がやられるちょっと前だな」

「つまり、他にもどこかの海賊がいたと」

「違うのお。行きでおまいさんを襲ったの、正規軍だぞ。映像を見る限り」

 ということは、だ。

「帰還途中、ナブロクレ正規軍らしき小艦隊と遭遇しましたが、関係あるでしょうか」

「可能性は高いのお。こいつは厄介なことになってきた。事情はまあ、おまいさんなら察しが付くところだが」

「ええ、ナブロクレのことですから」

 そもそも、連中は別の惑星で進化した肉食ベースの生命体だ。本能に従うなら、自分より弱い相手は食っちまおうとしても不思議じゃない。

「そのナブロクレだあよ。逆に、こっちは『戦争は避ける』ことが基本さね。商売にしろ、つっ突きあいにしろ、まあ喧嘩はよそうやとやってきたわけさ」

「転送機の件も、二十台だけ買うから、そのあたりで手を打てという決着にしてしまいましたが」

「それはそれでいいのだよ。突っぱねるところは突っぱねたほうが、お互いわかりやすい。だが、どうにも我々は遺伝子レベルでそれができる者が少ないわけさね」

 ふむ。個人差もあるが、俺らが地球に張り付いてた頃のご先祖、日本人ってのはそういうキャラだったと聞いてる。アメリカ人やインド人とやらは違ったらしいが。

 ……などと悩んでも仕方ない。

「それで、どうされるのですか」

「ふむ」

 さすがの泉大将も考え込んだ。

「研究所が心配だなや」

 それはちがいない。ただでさえ、数万トン単位で重水素が盛ってある施設だ。

「いっちょ、KKが先行偵察に出ますか。足が自慢ですから」

「まあ、そう焦るな。まあ、今回はきっちりやらなぁイカンなあ」

 と、対象は手元の端末に手を伸ばし、いろいろとつつき始めた。

 つつきつつ、「あー」とか「むぅ」とか厳しい声が大将の口から洩れる。

 そして一度手を停め、俺の方を見た。

「ああほれ、おまいさんも出撃の用意をしておきたまえ。明日にでも幹部クラスを招集していろいろ決めるでな、今日はご苦労さん」

 いったんさがれ、というわけか。まあ、一介の艦長なだけだしな。


 と、いうわけでやっと解放された。

 こんな事態だし、出撃まではあのチビとは会わないほうがいいな。あのガキゃ、また連れていけというだろうし、ラーメンなら後だっていいわけだ。

 と、考えながら廊下の角を曲がること二回。

「ラーメン!」

 うわ、湧いた!

「ボクは藻かなにかか。さあ、ラーメン食いに行くぞ」

 ちびたまこと、マキがにぱっと笑って手招きした。まったく、こんな時に。

「ラーメン」

「おいおい、こんどじゃだめか。約束するから」

 いまはちょっと、落ち着きゃしねえ。

「そう言ってた奴がさっさとくたばるのは、昔から相場なんだ。だから却下」

 どんな相場だ。

「フラグでもいい。とにかく、ラーメン!」

 わかったわかった、寂しいのな。

「うっさい!」

 件の店なら、司令部から歩いて十五分だ。さっさと行ってきちまおう、と外に出る。

 で、例の件など忘れたとばかりに、やたらニコニコしながら小娘がついてくる。親子には見えないし、兄妹にも見えない。恋人に見えたら、俺は変人だ。

「じゃなけりゃ、誘拐犯だね」

 マキはそんなに楽しそうに誘拐犯についてくのか。

「上手いこと騙されたのさ」

 へいへい。と、街角を曲がること三回。

 俺にとっては食欲をそそる、嫌いな人には逃げたくなる匂いを盛大にまき散らす店へとたどり着いた。俺が知る限り、天京で一番ウマいトンコツラーメンの「たまや食堂」だ。

「店の名前、なんかの皮肉?」

「いらんなら、帰るが」

「えー。食べるよ、食べる」

 ぐだぐだと店内に入る。狭く小奇麗とは言えない店の厨房で、いつものおやっさんがネギを刻んでいた。

「おや、お客さん。とうとう嫁さんつれてきたか」

「「嫁じゃない!」」

 思わず同時に叫ぶ俺とマキ。

 誘拐犯が犯罪者に格上げだ!

 いや、誘拐犯も犯罪者であるから俺はやはり犯罪者で……いやいや。

「なあに、二人で息を合わせんだよ。それで、何食うんだい?」

「俺は、いつもの」

「濃いめバリカタ背油ビタビタな」

「ボクは、青ネギ煮玉子チャーシュー海苔もやしキクラゲしめじ乗せ」

 おい、それは“全部乗せ”というんだ。

「ぶはっ、お嬢ちゃんいいねいいね。汁と麺はどうするかい?」

「かため、脂多め、濃いめ、ヘタレ」

「ヘタレ? なんのことだい?」

「え? ええと――」

「このガキゃ、テレパスなんだ。どうせおやっさんの頭ん中読んだんだろ?」

 まったく、油断も隙もあったもんじゃねえな。

 読む気なくても読めちまうレベルなのは分けってるけどさ。

「ん? なるほどな。要は、お勧めについて考えてたんだぜ。いっぱい載せてごってり食えってってな」

 おっさんがにやっと笑った。そらそうだろ、たっぷり載せりゃそれだけ儲かるさ。だがやはり気になる。

「だから、ヘタレってなんなのさ」

「おめーのことさ。ちぃと、考えながら目に入っちまってな」

 おやっさんの中じゃ、俺はヘタレかよ。

「余計なお世話だ。おやっさん、俺にもヘタレ入れてくれやコンチクショー」

「自分で顔でも突っ込みな。ほらよ、いつもの」

「おう。なんだ、やけに麺が多くないか?」

「どうせ替え玉食うんだろ」

 まあそうだが、かたさを変えて食うのが楽しみなんだよな。

 俺はヘタレ、ではなくタレをぶっかけながら思った。

「ぷはー。うまい!」

 横でマキがおっさんみたいに言った。そらあ、ここのは絶品だ。

「ありがとう、桑さん。お礼に、地獄の底までついていくよ」

 ――ブラックホールの底まで、ついていくから。

 ああ、やっぱり例の件はバレバレだったか。だが、こんな子を連れて行きたくはない。

 俺の船はR18、お子様禁止だ。

「あ、そ。じゃあ、旗艦『大和』か『駿河三号』あたりで行くよ。ボクのことを使いたがってる艦長はたくさんいるからね」

「なんだよお嬢ちゃん、物騒だなあ。だいたい察しはつくけどよ。おい、ヘタレ」

 俺かよ。

「ふん、マキの言いたいことはわかった。ただし、俺の隣でびびってんじゃねえぞ」

 ――うん。足は引っ張らない。

「つーことだ。おやっさん、チャーシュー追加してくれ」

 さしあたりボーナスだ。経費で落ちないが。

「おう。このチャーシュー食った奴は、みんな常連になるんだぜ」

「わーい。ボクもまた来るぞ!」

 だから、へんなフラグ立てるなと。

 いや、それ以上に父の敵とか考えてなければいい。私情を戦場に持っていくなら、おいていくしかない。

「そんなこと、考えてないしー」

「ならいい、うん。おやっさん、替え玉!」

 替え玉はいつもハリガネ。ガチガチの固ゆで、俺はヤミツキ。

 今度帰ってきたら、マキにもこれで食わせてやるとしよう。

次章“闇と雲”

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