パケット-1
チョウチンから二日ちょい。
出航前に、なにやら指示が入ったメモリメディアをマキ経由で受け取っていた。森田所長からの依頼書とやらだ。
手指を薄くしたくらいのサイズで、記憶容量に対してやけにでかいメディアではあるのだが、あまり小さいと紛失の危険が高すぎるため、昔からこのサイズらしい。話によると、何百年も前からだいたいこんなサイズとか。
さて。
さーてと。時刻がきたところで、中身が展開された。予想通り機密の指令だ。
「この近くで、メモリメディアを受け取れって?」
言ったのは俺じゃない。暇をもてあましている、たまちゃんこと森田マキだ。
「思考が読めちまうのは仕方ねえけど、口には出すな。一応機密事項だぞ」
「はーい」
こんにゃろは、十四の小娘でありながら、エース級テレパスということで軍では少佐待遇だ。従ってブリッジから追い出すこともできず、だがやることもないので、あいてる射撃官制席に放り込んであるわけだ。すぐ隣だけど。
まあいい、てんこ盛りの民間人がいるというのに、まったく所長ときたら。まあいいか、もともと研究所の関係者だし。準備だ準備。
俺はKKを停めると、コンソールをつついたり放送をかけたりして、クルーたちに準備をするように手配した。なんと言うことはない、格納庫の一角にナブロクレの「転送機」を三つ並べて、指定された相手に対して受信モードで待機させておけということだ。
ここへ、研究所からメモリメディアを飛ばしてくるそうな。
距離にして七十五天文単位。ブラックホールからもそこそこ距離があり、しばらくの間フネの安定を保つことができる。が、電波や重力通信、はたまたパールパケットを使った超光速通信は、ブラックホールの強烈な重力とそれに伴う電磁波でまるっきり役立たずなのだ。
なるほど、新たな通信実験ですな。記録メディアを転送できれば、通信にはなる。スペック上はこの「転送機」とやらの使用可能範囲内だ。
こいつは、「転送機」と銘打ってるわりに、実のところ離れたところに物理的に同じものを複製するだけの代物。逆に見れば、物理的記録状況も複製されるはず、ということだな。
どうやってその情報を飛ばしてるか知らんけど。
それでだ。
第一段階として、一度こっちに飛ばしてきたメディアの中身を閲覧した後、別のメディアにバックアップして送り返せとある。その後、新たの支持がメディアで飛んでくるらしいが、三台用意させたのは、その後の本試験かなにかのためだろう。
と、考えているうちに格納庫から返事があった、準備に一時間から二時間かかるらしい。まあ、そんなところだろう。乗客たちには、定時点検とでも言っておくか。
「うそつきー」
「方便といえ、方便と」
俺が十四のとき、ここまでガキっぽかっただろうか、
「ガキじゃないぞ、少佐だ。少しは敬意を払ってよ」
はあ。見た目は美少女だが、まったくもって生意気である。
それから小一時間、準備は半ば、お客が盛大に飯を食っているさなかである。
ナブロクレの巨大お碗が三つ、いやフネが三隻ばかりKKの前に現れた。今度はならず者ではないようで、いきなり攻撃を仕掛け来てはいない。とはいえ、どう見ても軍艦だ。油断は禁物。
一応、射撃準備しといてくれ、と隣のマキに読めとばかりに脳内で声をかける。
すぐに通信回線が開いて、スクリーンに見慣れたナブロクレの顔が現れた。生きもんとしてのナブロクレを見慣れているだけで、相変わらずどれが誰か区別はつかない。
『このあたりで、われわれのフネが数隻行方不明だが、知らないか』
自動翻訳機から彼らのメッセージが聞こえてきた。
行方不明? ああ、襲ってきた連中のことかね。
「知らないですな。どんなフネでありますか」
とぼけてみる。
『武装している。我らのテリトリーを守るため』
いや、ここらは公の宙域だぞ。また勝手な。
「ふむ。やはり心当たりは無い」
と、答えておくが大有りだ。
『ところで、貴様はそこで何をしておられる』
「メシだ。悪いかね」
『かまわん。だが、食い終わったら去るように』
「のんびり食うがね」
『ご勝手に』
通信終わり。ぶっきらぼうに回線は切れ、お椀はどこかに飛んで行った。
「ま、こんなところだろう。マキ、もういいぞ」
見ると、射撃官制席でマキが固まっていた。ついでに青くなっている。
「ビビリ過ぎだ。打ち合いになっても、このKKがやられるわけねえだろ」
「……」
――こわかったー。射撃訓練はしたことあるけど、当てれないよー。
うん、まともな反応だ。この歳で、人を殺めた経験なんてあるほうがおかしい。
「マキ、行っちまったんだからもういいんだ。おちつけ」
「あ、うん」
マキのうなじの部分から、すぽんとケーブルが抜かれた。つぐみちゃんのゴーグルに繋いだものと同じ、マインドブースターのものだ。
頭蓋に埋め込みか、驚いたな。
「ベースが強くないとここまで小型化できないんだよ。それよりさ、なんで今度はメシなのさ。さっきは点検だったのに」
「ナブロクレの基準だとな、点検ってのは壊れてるからするものなのだよ」
「だからなに?」
まだまだ、だな。かわいいものだ。
「壊れてるの相手は弱ってる。弱ってたら食っちまうのも、ナブロクレの基準なのさ」
「げっ」
また固まった。だが、事実なんだよな。
肉食動物が進化したのが、あのナブロクレだ。いいか悪いかじゃなくて、そういう相手だと知っておかなきゃな。
今はガキだが、これからずっと宇宙を飛び回るんだ。立場上、どんどん仕事は増えていくに違いない。と、わざわざ読みやすいようにゆっくり言葉を思い浮かべる。
「ガキじゃないもん」
しょぼん。そんな音がブリッジにこだましたようだった。
ナブロクレどもが去ってさらに一時間。格納庫の一角に臨時実験場ができていた。
関係者といえば関係者ばかりだが、一般人に見られても困るので、コンテナとかを並べて仕切りを作ってある。そうしろ、と指示が書いてあったわけで。
「はじめるぞー。スタンバーイ!」
俺が声をかけると、クルーたちが「転送機」のスイッチを順に入れ、受け入れ準備を整えた。
ほどなくして、クッション材に包まれて拳骨くらいになったメモリメディアが転送機から放り出されてきた。
俺はそれを拾うと、中身を取り出して携帯端末につっこみ、中身を展開した。
内容はやはりこれから行われる試験の内容だ。大量のデータをたくさんのメディアに分けて送ってくるから、そいつを天京の軍司令部に持って帰れとのことだ。なんだ、こんなリスクとるなら、はじめから荷造りして載せればよかったじゃないか。
「それはそれで、用意してあるんじゃない?」
と、マキ。ブリッジから、見物にくっついてきている。
「『見学』、だよ」
心底どうでもいい。
とにかく、新しいメディアにデータをそのまま写し、クッション材に包んでやる。
そいつを、送信モードに切り替えた「転送機」に、ぽいと放り込んだ。
ぽん。
すぐに、青いただのボールが隣の転送機から飛んできた。成功のサインである。
あっちが準備にとりかかったのか、それから待つこと約十分。
三つある「転送機」から、ぽんぽんと、いやバカスカとメディア入りクッション材が吐き出され始めた。
クルーたちがそのそれを拾い上げ、用意したカゴにしまっていく。
飛んでこなくなって二分したら終了、と指示されてたが、いったいいつまで続くやら。すぐにカゴが足りなくなって、並べたコンテナを開いて中に放り込むしかなくなった。
まったく、こんなになるなら最初から言ってくれ。空きコンテナが足りなくなっても知らんぞ、もう。
さらに容赦なく続く、転送また転送……。
「艦長、まだっすかあ?」
コンテナが二つほどあふれ、汗だくになったクルー達が音を上げ始めたころ、「転送機」から何も出てこなくなった。
そしてすぐに、リンク切れを示す青いランプが光った。俺なんかの感覚だと赤ランプをつけるところだが、これはナブロクレの製品なわけだ。
一応二分待ち、こっちのスイッチも切る。
試験終了、再発進だ。
こんな物騒なところからは、さっさと去ろう。
発進後、再び俺はブリッジに戻り、暇をつぶす作業に戻った。
天京までまだ一日はかかる予定だ。どうせみんな暇なので、手の空いてるやつはメディアのクッション材を剥いて整理する作業に当たらせた。
報告によると、本試験で飛んできたメディアにはちゃんと番号が振ってあり、整理するならその順でということになる。
とはいえ、なんともすごい数になっちまった。そうだな、大半がクッション材といえど、コンテナが二つばかり溢れたくらいだ。ふむ、クッション材をどうしてくれよう。剥いたらガサが増えるじゃないか。いっそ窓からブラックホールに投げ捨てようか。
「何が入ってたの?」
と、作業に飽きてマキが戻ってきた。
「何個か見てはみたんだが、何かのデータの一部らしいということしか分からなかったよ。整理したら繋いで見るさ」
そこで気がついた。繋ぐにはアップロードしなきゃならないじゃないか。全部手作業かよ。俺はいやだ。
「ボクだってやだ」
「そういわずに手伝え」
「ぜっっっっっったい、やだっ!」
なんてワガママな女だ。
「女の『子』だもん」
こんなときだけ子供かよ
少佐待遇なんだから、艦長が言った仕事くらいしやがれってんだ。一応俺が上官だっての、ここじゃ。
「やだ。桑さんの部下じゃないもん」
「まったくこのガキゃ――ん?」
重力バーストが観測されている。と、俺が思った直後にけたたましい警報がなって、ブリッジのスクリーンがすべて赤く縁取りされた。
だが、KKのクルーたちはいたって冷静なものだった。角刈り松田副長とバイザーつぐみちゃんがちらっと顔を出して、大丈夫かどうか確認しただけだ。警報も、すぐに俺が手動で解除した。
「桑さん、いいの?」
「これだけの大型軍艦がな、この程度の重力震やバーストで慌ててられねえのよ」
俺はデータを見ながらこたえた。このKKなら、適切なシールド処理をすればちょっと揺れるだけでノーダメージなのは見えている。ただの鉄や岩の塊だったら砕け散るかもしれないがな。
それより、研究所のほうが心配だ。
「研究所ならぜんぜん平気だよ。このくらいならいつものことさ」
「なぜわかる」
「桑さんの脳内データ、それに施設の大まかなスペックくらい、知らないわけ無いじゃん」
マキがふんぞり返る。所長令嬢で関係者だしな。
「お嬢さんとお呼び」
「断る!」
いかん、ペースに乗せられるところだった。
そんなことより、シールドを処理のタイミングをプログラムしないと。たくさんの一般人を乗せていることだし、あまりケチケチしない設定で準備を進める。負傷者を一人でも出したら恥さらしだ。
準備終了、待つこと十七分と半。
「まだこないの?」
「そろそろのはずなんだが」
俺は再確認しようと手を伸ばし表示の切替えをしようとした。が、ちょっと届かない。
「もうすこし」
と、腰を浮かせてもうひと伸び――
その瞬間、悪いタイミングで重力バーストが直撃し、KKが揺さぶられた。
弾みで俺は思わずよろけ、つんのめった。
ぐらっ。
「ぬぁっ!」
むにっ。
「きゃっ!」
なにっ……?
どかっ!!
「痛ぇっ!」
転んでないのに、顔面に強烈な痛みが走る。
目の前には小さな拳骨。その向こうでマキが真っ赤な顔をして目を吊り上げていた。
「どさくさにまぎれて!」
やわっ。
ささやかながらマキが女性であることを、ここに確認。
「揉むな、この変態!」
べしっ!
さらにビンタが顔面に。
……この重力バースト遭遇事故での、KKにおける負傷者は一名。
俺のことである。




